熊本競輪 無料バス。 アクセス・駐車場

熊本市競輪シャトルバス

熊本競輪 無料バス

1956年頃の熊本市電・バス路線図。 徳王-大窪間はを通過する 熊本市内の交通機関としては、明治末期よりが運行されていたが、蒸気軌道のため評判はよくなかった。 市民から電車の要望が出てくるようになり、市当局では1917年(大正6年)に「電車期成会」を結成し、翌年には当時すでに電車が運行されている福岡、長崎、久留米、鹿児島の各都市へ視察団を派遣した。 こうした結果を踏まえ、熊本市では大日本軌道と電車化についての交渉をすることとなった。 大日本軌道側も電車化を受け入れたが、結局実現はみることはなかった。 そこで熊本市では審議の結果、電気会社のに対し、軌道事業の兼営を提案することになった。 交渉の結果、熊本電気も条件付きで受け入れることになり、1920年(大正9年)仮契約を結ぶことになった。 しかしこの年の不況により計画は中断してしまう。 その後熊本電気は新会社を設立し、軌道事業を経営するという提案をした。 熊本市もこれを了承し、1921年(大正10年)11月に軌道敷設特許状が下付されるのを待って、熊本電車株式会社が設立された。 ところがこのころから、市民の間からは電車市営の要望が出されるようになる。 1922年(大正11年)には新市長が誕生したことにより、市営化の方針となり、軌道特許敷設権は熊本市へ譲渡されることとなった。 熊本市では第一期工事として、幹線と水前寺線を選定した。 その建設費は起債によることとして、1923年(大正12年)3月に許可を得た。 そして5月から用地買収に取り掛かった。 幹線は熊本駅前を起点とする市の中心部を貫通する道路であるが、道幅は狭く、幅員を10間ないし12間に拡張することになった。 幸い家屋移転は順調に進み、10月には起工式を挙げ、1924年(大正13年)8月1日に開通した。 第二期工事(春竹線、上熊本線、黒髪線(子飼橋線))については、1926年(大正15年)6月16日に市議会において可決され、工事施工及び起債発行の申請が1927年(昭和2年)4月及び7月に認可となったため、1928年(昭和3年)より用地買収、工事にかかり1928年(昭和3年)12月に黒髪線が開通し、1929年(昭和4年)6月に春竹線辛島町 - 春竹駅前間および上熊本線辛島町 - 段山町間が開通した。 上熊本線段山町 - 上熊本駅前間は藤崎台にある陸軍練兵場の堀鑿や井芹川の改修工事、耕地整理事業の関係で着工が遅れていた。 市では1935年(昭和10年)3月の熊本大博覧会の開催までには開通するべく昼夜工事を敢行し、博覧会開催の前日の1935年(昭和10年)3月24日に開通することができた。 熊本市内には熊本市のほか、が運営する路面電車路線もあったが、1945年に熊本市は熊本電気軌道を買収した。 年表 [ ] 1954年頃のトレーラーバス• (大正10年)• 11月14日 - 熊本電車に対し軌道特許状下付• - 熊本電車株式会社を設立。 (大正12年) - 熊本電車は予定線の特許などの全権利義務を熊本市へ譲渡し 、のちに解散。 (大正13年) - - 間および - 間が開通。 当初の事業者は熊本市電車部。 (大正15年) - 水道部と統合し電気水道局に改組。 (昭和2年) - バス事業開始。 当時熊本市外の、への乗り入れも行われた。 (昭和3年)• - 水道局が分離し電気局に改組。 - 浄行寺町 - 間が開通。 (昭和4年) - - 間および辛島町 - 間が開通。 (昭和7年) - 電気局局舎を大江町九品寺(現在地)に移転。 (昭和10年) - 上熊本線段山町 - 間が開通。 1937年(昭和12年)2月9日 - 軌道特許失効(1921年11月14日特許 熊本市東坪井町-同市池田町間、同市薬園町-同市黒髪町間、同市水道町-同市新鍛冶町間、指定ノ期限マテニ施工認可申請為ササルタメ)。 (昭和19年) - 熊本市電気局を熊本市交通局に改称。 (昭和20年) - 熊本電気軌道を買収し、同社が保有していた田崎 - 百貫石間および - 間を交通局の管理下に置く(百貫線は休止中のまま買収し、そのまま再開せず)。 (昭和29年) - - 上熊本駅前間が開通。 (昭和34年)• 8月1日 - 局舎を建替。 - 熊本駅前 - 間が開通。 (昭和40年)• - 休止中の百貫線を廃止。 - 川尻線を廃止。 (昭和45年) - 坪井線および春竹線を廃止。 (昭和47年) - 幹線水道町 - 浄行寺町間および黒髪線を廃止。 (昭和53年) - 電車改造による初の冷房車が2両登場。 (昭和54年)• - 貸切バス事業を休止(廃止は同年8月1日)。 - 上熊本線の存続を議決。 (昭和57年)8月2日 - 日本全国初の軽快電車運行開始。 (昭和58年) - 8200型電車が受賞。 (昭和63年) - 国際交流電車サンアントニオ号(8801号)命名式。 (平成元年) - 国際交流電車桂林号(8802号)命名式。 市政100周年記念運行(1353号)。 (平成4年)• 8月1日 - 火の国祭り出発式の中で戦後初の女性運転士登場(1名)。 - 国際交流電車ハイデルベルク号(9201号)命名式。 (平成5年) - レトロ調電車の登場。 (平成8年) - 貸切事業免許を再取得し熊本競輪の無料バス輸送を開始。 (平成9年)8月1日 - 超低床電車運行開始式。 (平成10年) - 9700型が第19回国際交通安全学会賞受賞。 ローレル賞受賞。 (平成19年) - - 「路面電車サミットin熊本」を開催。 (平成14年) - 市電の車庫・検査設備を上熊本駅前へ移転(局舎は移転せず)。 建物跡地は県道(電車通り)に面しては「」となったが、奧に若干の留置線があり、局舎は留置線を挟んだ位置に新築された。 (平成16年) - 市営バス路線の民間バス事業者への民間移譲が開始される。 (平成17年)10月1日 - 市電全線130円均一運賃の試行(同年10月31日まで)。 (平成18年)• からの夏季3か月間にビール電車「ビアガー電」運行開始。 10月1日 - 市電全線150円均一運賃の試行(同年12月31日まで)。 (平成19年)• - 市電全線150円均一運賃の実施。 - 大江新局舎落成(2008年2月18日に移転)。 - 設立。 (平成20年) - イルミネーション電車運行開始。 (平成21年)• - 熊本市と熊本都市バスが協定書に調印する。 - と管轄路線を熊本都市バスへ移譲。 4月1日 - 超低床電車運行開始。 (平成22年) - 田崎線を化。 市電「緑のじゅうたん」サポーター制度開始。 市役所前 - 通町筋間を軌道緑化。 (平成23年)• 3月1日 - 市電の運行系統名称を変更、運行系統の色分け、一部の電停名称を変更、を導入。 通町筋 - 水道町間を軌道緑化。 4月1日 - と管轄路線をへ移譲。 (平成24年)4月1日 - が管轄する一部路線をへ移譲。 以降2015年4月1日まで段階的に移管開始。 (平成25年)4月1日 - 熊本市営バス小峯営業所が管轄する一部路線を熊本都市バスへ移譲。 (平成26年)• 3月28日 - ICカード「」を「でんでんnimoca」の名称で導入、運用開始。 交通系ICカード全国相互利用サービスにも加入。 4月1日 - 熊本市営バス小峯営業所が管轄する一部路線を熊本都市バスへ移譲。 10月3日 - デザイン市電車両「」運行開始。 (平成27年)• 3月31日 - この日をもってバス事業を廃止、「熊本市営バス」としての88年の歴史に幕を下ろす。 4月1日 - 最後まで市営バスとして運行していた1路線「小峯京塚線」がこの日より熊本都市バスに譲渡され、2004年から進めていた市営バス路線の民間移譲が全路線完了。 (平成28年)2月1日 - 市電の運賃を170円に値上げ。 4月1日 - 電車課を運行管理課に改称。 10月1日 - 一部の電停名称を変更。 熊本市電 [ ] 緑化された線路を走る市電(二本木口電停付近) 現有路線 [ ] 路線数は5本、運転系統は2系統ある。 - 間のみがであり、ほかは全路線となっている。 また、熊本駅前から田崎橋にかけてはサイドリザベーション化されている。 は全線1435mm(。 廃止路線も1067mmの百貫線以外同じ)。 田崎橋電停付近と健軍町電停の乗車ホーム部分を除くほぼ全線が複線で、電化方式は600。 車庫は上熊本にあるが、以前車庫があった大江の交通局横にも留置線が少し残されている。 ( - )• (水道町 - )• (水前寺公園 - )• ( - )• (熊本駅前 - ) 運転系統• そのほか、便数は少ないが発、発着、辛島町発着なども設定されている。 ただし、これらの停留場などで途中折り返しが可能な停留場が終点となる便はA系統、B系統に関わらず「臨」で運行される。 ラインカラーは黄色。 あくまでも「増発」 による「臨時」ではなく、途中で終点となることを意味している(A系統の熊本駅前止めは除く)。 線とはで・・、で鹿児島本線、で豊肥本線と乗り換えが可能。 上熊本駅ではとも乗り換え可能。 に、運転系統名や電停名などの改称など、以下の変更が実施された。 現存する「2系統」と「3系統」の運転系統をそれぞれ「A系統」「B系統」へ改称し、A系統を赤、B系統を青とするラインカラーを制定する。 電停のを実施。 A系統(元の2系統)は、田崎橋を1番とし、26番の健軍町まで数字のみの番号を振る。 B系統(元の3系統)は、上熊本駅前をB1番とし、B9番のまで "B" を頭に付けた番号とする。 辛島町から健軍町まではA系統と同じ番号(8番から26番)。 6か所の電停を改称。 (水道町 - )• (浄行寺町 - )• ( - 上熊本駅前)• (辛島町 - )• (百貫石 - 田崎)• ( - ) 運転系統(運行区間は廃止時点のもの)• 1系統(田崎橋 - 熊本駅前 - 辛島町 - 水道町 - 子飼橋)• 4系統(上熊本駅前 - 藤崎宮前 - 水道町 - )• 5系統(交通局前 - 水道町 - 辛島町 - 南熊本駅前)• 6系統(交通局前 - 水道町 - 辛島町 - 南熊本駅前)• 7系統(辛島町 - 河原町 - 川尻町) 5系統廃止段階では、6系統は - 辛島町 - 前の路線であった。 その後、前まで延伸された後、辛島町 - 南熊本駅前となり、最後は5系統と同じ路線となった。 未成線 [ ] 熊本市は以下の区間の特許も保有していたが1937年に失効している。 東坪井町 - 池田町• 黒髪町 - 薬園町• 水道町 - 新鍛冶屋町 他、無軌条電車()による路線も計画していたが、こちらも実現されていない(昭和初期に構想、水害などで断念した)。 計画路線 [ ] 熊本市運輸局では1月に市電網拡大についての路線10案を発表した。 この中には、や方面への延伸、との接続が含まれていた。 また付のでは、市電延伸検討を公約に掲げるの熊本市長就任を機に、田崎橋から西と、健軍町から東方面の延伸について、調査を再開することが発表されたと報道されている。 また、2016年9月11日の熊本日日新聞で、二つの方面の延伸が優先して整備されることが報じられている。 健軍町方面延伸案 [ ] 1月の熊本日日新聞において、熊本市が策定中の観光活性化計画の一環として、市電の延伸を検討していると報じられた。 この計画は2002年の路線10案には含まれていない。 総事業費は約10億円。 報道によれば、2007年度の着工、2008年度中の開業を考えているなど、最も実現性の高い計画であった。 概要は以下のようなものである。 のから分岐し、熊本市のの東側に単線を敷設、動植物園正門まで800メートル延伸する。 公園の南側と終点の動植物園正門前の2箇所に交換設備つき電停を設置する。 動植物園の第一駐車場(330台収容)は駐車場として活用する。 公園北側には現在の大江車両基地に代わる12両収容の車庫を設ける。 続いて同年9月には、路線10案の中にある健軍町から東部への延伸と自衛隊方面の新設の2案が追加された。 こちらの事業費は60億から70億円と見込まれたが、市有地が少ないため、道路拡幅による用地取得が鍵となっている。 しかし、庄口公園方面の延伸については、同年度の予算によって調査をした結果、採算性が見込めないことと、湖の水質に悪影響を与える可能性があることから、12月に計画の中止を発表した。 しかし、益城方面への延伸については調査が開始された。 熊本電鉄接続案 [ ] 一方、は2004年7月にと市電の接続計画を発表した。 電鉄全線を市電に合わせて改軌した上で化、のに軌道を敷設して市電に接続、熊本駅方面へ直通させるもの。 総事業費は100億円以上と見込まれ、電鉄では負担しきれないことから、公的支援を要請した。 また、受け入れられない場合は3月に鉄道事業を廃止するとして、自治体側を強く牽制していた。 電鉄は10月に計画を市に譲り渡し、その後熊本市は熊本県とと共同で、電鉄案(電鉄から熊本市に譲渡した)のほかにも、市電を藤崎宮前まで延長して電鉄と同一ホーム乗り換えを行うという形も含めて検討することとし、委員会を設けて事業計画の策定を行うことを2007年3月に決定した。 これを受けて熊本電鉄側では廃止案を撤回している。 しかし、を引き起こす可能性があることや、採算性の問題などで、計画は一時凍結となった。 その後、熊本県・熊本市・合志市は電鉄案のほか、市電の藤崎宮前までの延長と同一ホーム乗り換えという形も含め、都心結節計画検討委員会を設けて事業計画の策定を行い、2008年3月、鉄道を廃止して線路敷をバス専用道に転用し、やを走らせる新バスシステム導入を軸に検討を進める方針を決めた。 その後、同年6月に熊本電気鉄道が7カ年での経営再建計画を発表し、LRT()などの新規投資ができる環境にないことから、8月に検討委員会は計画検討の凍結を決定した。 自衛隊・南熊本延伸案 [ ] 熊本市は2016年9月9日までに市電の延伸を検討しているいくつかの計画線のうち 自衛隊() ルート(から東区東町のまでの1. 5km)と 南熊本ルート(辛島町電停からJR南熊本駅までの1. 7km、旧・)のどちらかを優先的に整備する方針を固めた。 2016年10月から詳細検討に入り2017年度には 自衛隊ルートか 南熊本ルートに絞り込むとした。 そして、2017年6月16日、熊本市が「自衛隊ルート」を優先して整備する方針であることが報じられた。 今後、地元住民にアンケートを行い、電停数などを決めていく方針。 2018年12月、熊本市は「自衛隊ルート」の整備方針について、仮に2019年中に設計に取りかかった場合、に着工、の開業というスケジュールを発表したと報じられた。 また、報道で他ルートについても計画は無くなったわけではなく、あくまで「自衛隊ルート」から進めるということになっているとも報じられている。 乗車人員 [ ] 熊本市電の停留場における、1日平均乗車人員数のトップ5の停留場は以下の通りである(2015年度)。 順位 停留場名 乗車人員(人) 1 4,073 2 3,850 3 3,542 4 2,559 5 2,556 車両 [ ] 熊本市交通局では「形」ではなく「型」を正式呼称としている。 [ ] 現有車両 [ ] 型式 車両数(在籍車) 製造年 備考 1両 1063 全国唯一の製現存車 2両 1081, 1085 7両 1091-1097 、 6両 1201, 1203-1205, 1207, 1210 日本初の冷房付路面電車車両があった。 に機器を提供し廃車された車両がある。 6両 1351-1356 1編成 5014AB 1957年 旧、連接車。 2両 8201, 8202 営業用鉄道車両として、日本で初めてを採用。 8201号は「しらかわ」、8202号は「火の国」の愛称がある。 4両 8501-8504 、 の車体更新車。 3両 8801, 8802, 101 、 8801号は「サンアントニオ号」、8802号は「桂林号」(熊本市の友好都市である米国・市、中国・にちなむ)、101号はレトロ調電車。 5両 9201-9205 、 9201号は「ハイデルベルク号」(熊本市の友好都市であるドイツ・市にちなむ)。 5編成 9701AB-9705AB 、、 日本初の、連接車。 3編成 0801AB-0803AB 、 超低床電車、連接車。 0803編成はデザインの「COCORO」。 合計45両• 廃車体 日本初 [ ]• 路面電車として日本初の冷房装置付き車両を運用開始(1202号・1208号に改造で設置、)。 1060型 - 1350型については冷風が乗客に直接当たらないよう冷房吹き出し口の改良が行われている。 営業用車両として日本初の車両(、)• 日本初の超低床路面電車(、)• 軌道を樹脂で固定し、騒音と振動を軽減するを日本で初めて採用(付近、)。 本格的なサイドリザベーション化( - 、) 運賃 [ ] 市電全線おとな170円、こども90円の均一運賃(2016年2月1日改定)。 2007年10月12日より、それまでの(改定前日時点では130円から200円まで)から、利用者増加策の一環として分かりやすい運賃体系への統一や長距離利用者に対する値下げ、の廃止による経費削減を狙って、に改められた。 これに伴い、整理券が廃止されたため、乗車口に設置されていた整理券発行機との乗車位置記録用のカードライターが撤去された。 上述のように運賃均一化により整理券は廃止されたが、ICカードを利用する場合は、乗車時に乗車口のICカードリーダーにタッチするようになっている。 乗り換え [ ] でA系統とB系統とを乗り換える際はが発行される。 運転士がボールペンで書き込むもので、降車時から20分以内に乗り継ぐ必要がある。 ただし、大人用ICカードで大人1名が乗車する場合は乗換券を発行しない(乗り換え後の電車で同じICカードを利用すれば運賃は差し引かれない)。 また、利用の場合はどの電停で下車しても60分以内に次の電車に乗り継げば20円引きとなる(nimoca以外のICカードでは適用されない)。 乗車券・乗車カードなど [ ]• でんでんnimoca - IC乗車カード。 2014年3月28日導入。 などで導入されている「」のシステムに独自の名称を付けたもの。 「nimoca」のほか、対象ICカード(、、、、、、、、)も利用できる。 なお、2017年4月頃より、他のnimocaに設定されている障がい者用nimocaを発売開始した。 市電1日乗車券(500円)• 動植物園入園券付回数乗車券 - 市電乗車券2枚と入園券1枚のセット。 2016年1月31日で販売終了。 ただし、入園券、乗車券(150円券)双方とも販売終了後も使用可能だが、翌日の2月1日より運賃が170円に改定されたため、利用する際には差額分(20円)が必要になる。 適用範囲によって販売価格が異なる。 市電全線のほか、適用範囲によりの電車・バス、、も利用できる(市電以外の利用可能区間は前記の通り発売金額で異なる適用範囲により、または全路線使用できない)。 施設利用割引券が両方とも8枚付き、内容としては旅行者向けとなっている。 ほかに、が発行するが全線で利用できる。 熊本県内のバス事業者5社は2015年4月1日にICカード「」(くまモンのIC CARD)を導入したが、市電でも同年8月7日より利用可能になった。 全線廃止計画 [ ] 熊本市電は2014年現在5路線2系統が存続しているが、かつては全線を廃止する計画があった。 熊本市電は頃から他都市の路面電車と同じく採算悪化に悩まされ、5路線2系統を残して廃止された。 さらに残る5路線2系統についても前後をめどに廃止し、代替としてを建設する構想もあったが、市民から存続を求める声が上がったことや、による依存の見直し等により、により存続が決議された。 車体広告 [ ] 広告電車は昭和30年代の小型広告、また昭和40年代には全面広告を取付た車両が走りだした。 登場した背景には赤字に悩む熊本市電の経営安定化がある。 1988年9月7日、熊本県は観光都市・熊本のイメージアップのため、屋外広告物条例とその施行規則を改正し、交通局は1989年4月1日から外部の全面広告及び小型広告を自主的に全廃した。 しかし、広告廃止から10年程が経過した交通局の経営状態は決して良くはなく、独立採算性や経営安定化という点からも市電の車体広告を復活するべきであるとして、1999年4月1日から広告電車が復活した。 広告はかつての小型広告ではなく、となり、民間企業の広告ではの ミルキー を皮切りに、現在も約20車両程が広告車両となっている。 トラムガイド [ ] 熊本市電においては、昭和40年代の自動両替機がない時代以前は、運転士と車掌役の男性2名運行であった。 その後、自動両替機や整理券発行機の導入でワンマン運行体制となったが(車掌の居た位置に整理券発行機が設置された。 再度の定額化により撤去)、である9700型の導入にあたり、男性もしくは女性が「トラムガイド」として採用され、後部ドア側の業務及び車内案内などを行っている。 その他 [ ] 2016年11月より2017年3月まで熊本市出身の・による停留場案内(一部の停留場のみ)を行っていた。 バス事業 [ ] 民営化後の路線・営業所については「」を参照 熊本市内各地に路線を持つ路線バスのみの運営を基本としていたが、への無料バスを運行しているため、貸切免許も保有していた。 また、過去には熊本市に合併以前の旧・や(かすめる程度だが)旧・にも運行していた。 (昭和2年)に運行を開始し、最盛期の(昭和44年)には34路線で約3906万人の輸送人員に達した。 しかし、(平成15年)には29路線で約1536万人に落ち込んだ上、同年にがの支援を受けたことから、民間のバス事業者各社の慢性的な赤字解消を兼ねて事業の集約を進めることになった。 それを受けて、(平成16年)から(平成20年)に民間のバス事業者3社に路線の移管を進めた。 この時期には、2004年6月1日の川尻帯山線の交通センター以南を皮切りに、2008年4月1日までに、川尻(国道)線、池田大窪線(一部)、野口健軍線(一部)、御幸木部線、高平団地線、画図線、楠城西線(一部のぞく)の移譲が順次行われた [ ]。 その後、(平成21年)以降は民間3社が共同出資して設立したへの移管を進め、(平成27年)付の最後の路線を含めて23路線が移管されることになった。 さらに、4月1日より、本山車庫を、2011年4月1日より、上熊本営業所を「面的移譲」として、本山車庫、上熊本営業所に所属する路線をすべて民間3社が共同出資して設立したに移譲された。 4月1日より、小峯営業所が運行する帯山線・島崎保田窪線・熊本駅県庁線・熊本駅長嶺線(すべて)を熊本都市バスに譲渡。 小峯営業所自体も敷地内に当局と都市バスの2社局が同居する形となり、車庫も2社局で共有していたが、営業所建物は都市バスはプレハブの仮営業所で市営バスが終了するまで別々であった(現在は小峯営業所に移転し、プレハブは解体) [ ]。 (平成27年)で最後の1路線の運行を終了すると共に、同路線を運営していた小峯営業所の営業も終えることになり、88年間走った熊本市営バスの幕を下ろした。 なお、バス事業に従事する職員は他部門に転配している。 廃止された営業所 [ ]• - 熊本市中央区本山2丁目9番23号 2009年よりおよび• - 熊本市中央区黒髪3丁目3番10号(現在は熊本市の施設がある)• - 熊本市西区上熊本3丁目15番61号 2011年より• - 熊本市東区月出5丁目2番35号 2015年3月31日で営業終了。 翌4月1日から)。 SUNQパス [ ] 熊本市営バスの路線では、が当初は利用できなかったものの2006年10月1日から利用できるようになった。 また、同日からの運行がへ移管された(さらに10月1日からに再移管)。 車両概説 [ ] メーカーは国内大型4メーカー全社を使用している。 1995年までは製車体を架装した車両を中心に導入していたが、その後は車両の(・)により、純正車体での購入の割合が増えた。 ののみ西日本車体工業製の車体を架装した車両を一部導入している。 1994年に乗降用リフト付きバスを1台、翌1995年に大型ワンステップバスを1台導入したのち、1997年10月からノンステップバスを投入している。 九州ではに次ぎ2番目のノンステップバス導入事業者となっている。 またノンステップバスの購入開始と同時に、並行してから中古車を購入したのを皮切りに、その後全国各社から中古車を購入し、特に大型車の代替としていた。 主な譲受先は、・・・・・である。 熊本都市バスへの移管を控えた度以降は新車の導入が無くなった。 需給の関係から近年の新車は中型車の導入が多かったこともあり、中型ロング車の導入は比較的遅めであった。 塗装はツーステップ車(リフト付きバスを含む)は緑色と白色のツートンカラー。 は黄緑色・白色・橙色の3色で前面窓下に赤帯を加えた塗装である。 はこれに赤帯を加えた塗装を施していた。 その後、ワンステップバス・リフト付きバスはすべて熊本都市バスに譲渡されたため、この塗装の車両は消滅した。 1993年、市電のレトロ調電車導入と同時期にレトロ調バスを1台導入している。 シャーシはこの種のに多く使用されている日野自動車の特装車シャーシ U-CG3KSAU で、車体は地元の製。 この車両は熊本都市バスへ移籍することなく除籍された。 は製、発行機とは製(整理券発行機はSAN-V型、運賃箱はRX-SB型)が導入されている。 送迎バス 路線 [ ] 4月1日現在の路線名に基づいて記す(ただし、系統番号は1996年以降は熊本都市圏に乗り入れている他社と共通の「漢字1文字」と「数字」を組み合わせた番号を用いている、数字のみの番号は実質的には使われていない。 かつては、番号を表示せず、各路線ごとに異なる動物のイラストを描いた路線番号板を車両前面に掲出していたが、1996年4月1日に系統番号の使用が開始されたため中止した [ ])。 熊本市営バス路線一覧 2015年4月1日までにすべて廃止または民間移譲 旧番号 路線名 イラスト 備考 担当営業所 (臨時増発等のぞく) 1 (第1環状線) () 2009年4月にへ譲渡 本山 2 (第2環状線) () 八王寺環状線と子飼渡瀬線に分割され廃止 小峯 3 (池田大窪線) () 2005年4月に大窪方面の系統をへ移譲。 残った系統(池田京町線)も2011年4月に都市バスへ譲渡 上熊本 4 小峯京塚線 2015年3月をもって運行を終了。 2015年4月に都市バスへ譲渡。 小峯 5 (川尻帯山線) () 2004年6月に川尻町方面の系統を産交バス・へ移譲。 残った系統(帯山線)も2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯・本山 6 (島崎保田窪線) () 2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯・上熊本 7 (子飼長嶺線) () 2006年1月に廃止 小峯・上熊本 8 (楠城西線) () 2008年4月に蓮台寺・・ - ・・の系統を産交バス・へ移譲。 残った - 交通センターの系統は大江城西線へ、2010年4月に大江城西線も都市バスへ譲渡 上熊本・本山 9 (流通団地線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 10 (秋津健軍線) () 旧・野口健軍線。 2005年4月に経由の系統を産交バスへ譲渡、2009年4月熊本駅・島団地経由のアクアドーム系統も都市バスへ譲渡、2013年4月残りの全線を都市バスへ譲渡 小峯・本山 11 (御幸木部線) () 御幸木部町系統は2007年4月に熊本バスへ譲渡、川尻町系統は廃止 本山 12 (花園柿原線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 上熊本 13 (川尻(国道)線) () 2005年4月に産交バスへ移譲 本山 14 (画図線) () 2008年4月に熊本バスへ移譲 小峯 15 (池田健軍線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 小峯 16 (健軍長嶺線) 2013年4月に都市バスへ譲渡 小峯 17 (川尻土河原線) () 廃止 本山 18 (東町団地線) 2013年4月都市バスへ譲渡 小峯 19 (中央環状線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 20 (昭和町線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 小峯・上熊本 21 (高平団地線) () 2007年7月に電鉄バスへ移譲 上熊本 22 (熊本駅県庁線) () 2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯(本山担当は先に廃止) 23 (上熊本線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 小峯・上熊本 24 (長溝団地線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 25 (上熊本車庫線) () 共同運行時にはイラストなしになっていた。 2010年4月に都市バスとの共同運行を開始し、2011年4月に全便移管 上熊本 26 (川尻県庁線) () 廃止 本山 27 (本山車庫線) (なし) イラストなし。 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 28 (八王寺環状線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山・上熊本 29 (子飼渡瀬線) () 2010年4月に都市バスへ譲渡。 営業所から出入庫の交通センター - 小峯営業所の系統は廃止 小峯 30 () (なし) 2006年10月に民間移譲 上熊本・本山 31 (熊本駅長嶺線) () 2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯 32 (渡鹿長嶺線) () 2014年4月に都市バスへ譲渡 小峯 33 (大江城西線) (ワニ) 2010年4月に都市バスへ譲渡 上熊本 関連項目 [ ]• - に代わって2010年4月から発売されている熊本市交通局・熊本都市バス・九州産交バス・産交バス・熊本電気鉄道共通の一日乗車券• LRT 参考文献 [ ]• 中村弘之「熊本市交通局」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道図書刊行会、1977年• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 『熊本市史』昭和7年、、 頁(国立国会図書館デジタルコレクション)• 大眉一末『熊本市政五十年史』、九州中央新聞社、昭和14年、、、、、頁(国立国会図書館デジタルコレクション) 脚注 [ ] 注釈 [ ] []• の中で、『道路中央にある軌道を歩道側に寄せる「軌道のサイドリザベーション化」を全国で初めて本格的に実施』と触れられているが、サイドリザベーションそのものを全国初としているわけではない。 道路端に併用軌道を確保することは古くから例があり、の - - 間の一部の併用軌道(『』No. 688(2000-7臨時増刊号)p. 182)に同様な例が見られたほか、の - 間の一部もサイドリザベーションとなっている(『鉄道ピクトリアル』No. 852(2011-8臨時増刊号)p. 187)。 また、工事に伴う一時的な道路端への軌道移設は、でも行われたことがある(同誌No. 852 p. 220)• 2015年3月31日バス事業廃止と同時にSUNQパス運営委員会から脱退。 最終運行日まで使用されたが、熊本都市バスには継承されず• 都市バスには継承されず 出典 [ ] []• 朝日新聞社• (神戸大学新聞記事文庫)• (神戸大学新聞記事文庫)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 3月26日許可(国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 池田光雅『鉄道総合年表1972-93』中央書院、1993年、p. 熊本市役所ホームページ• - 熊本市交通局2013年10月28日• , 株式会社ニモカ 2013年10月28日• 毎日新聞 2016年1月16日• 森口誠之著『鉄道未成線を歩く私鉄編』JTB、2001年、p. 175• - 熊本日日新聞、2015年1月1日• - 熊本日日新聞 くまにちコム、2017年6月17日• - 読売新聞、2018年12月20日• - 国土交通省九州運輸局• - 熊本市交通局、2016年2月1日• 読売新聞熊本面 2008年5月10日• 熊本市交通局. 21 2017年4月11日. 2017年6月4日閲覧。 熊本市交通局. 3 2017年4月11日. 2017年6月4日閲覧。 - 熊本市交通局、2015年7月24日 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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1956年頃の熊本市電・バス路線図。 徳王-大窪間はを通過する 熊本市内の交通機関としては、明治末期よりが運行されていたが、蒸気軌道のため評判はよくなかった。 市民から電車の要望が出てくるようになり、市当局では1917年(大正6年)に「電車期成会」を結成し、翌年には当時すでに電車が運行されている福岡、長崎、久留米、鹿児島の各都市へ視察団を派遣した。 こうした結果を踏まえ、熊本市では大日本軌道と電車化についての交渉をすることとなった。 大日本軌道側も電車化を受け入れたが、結局実現はみることはなかった。 そこで熊本市では審議の結果、電気会社のに対し、軌道事業の兼営を提案することになった。 交渉の結果、熊本電気も条件付きで受け入れることになり、1920年(大正9年)仮契約を結ぶことになった。 しかしこの年の不況により計画は中断してしまう。 その後熊本電気は新会社を設立し、軌道事業を経営するという提案をした。 熊本市もこれを了承し、1921年(大正10年)11月に軌道敷設特許状が下付されるのを待って、熊本電車株式会社が設立された。 ところがこのころから、市民の間からは電車市営の要望が出されるようになる。 1922年(大正11年)には新市長が誕生したことにより、市営化の方針となり、軌道特許敷設権は熊本市へ譲渡されることとなった。 熊本市では第一期工事として、幹線と水前寺線を選定した。 その建設費は起債によることとして、1923年(大正12年)3月に許可を得た。 そして5月から用地買収に取り掛かった。 幹線は熊本駅前を起点とする市の中心部を貫通する道路であるが、道幅は狭く、幅員を10間ないし12間に拡張することになった。 幸い家屋移転は順調に進み、10月には起工式を挙げ、1924年(大正13年)8月1日に開通した。 第二期工事(春竹線、上熊本線、黒髪線(子飼橋線))については、1926年(大正15年)6月16日に市議会において可決され、工事施工及び起債発行の申請が1927年(昭和2年)4月及び7月に認可となったため、1928年(昭和3年)より用地買収、工事にかかり1928年(昭和3年)12月に黒髪線が開通し、1929年(昭和4年)6月に春竹線辛島町 - 春竹駅前間および上熊本線辛島町 - 段山町間が開通した。 上熊本線段山町 - 上熊本駅前間は藤崎台にある陸軍練兵場の堀鑿や井芹川の改修工事、耕地整理事業の関係で着工が遅れていた。 市では1935年(昭和10年)3月の熊本大博覧会の開催までには開通するべく昼夜工事を敢行し、博覧会開催の前日の1935年(昭和10年)3月24日に開通することができた。 熊本市内には熊本市のほか、が運営する路面電車路線もあったが、1945年に熊本市は熊本電気軌道を買収した。 年表 [ ] 1954年頃のトレーラーバス• (大正10年)• 11月14日 - 熊本電車に対し軌道特許状下付• - 熊本電車株式会社を設立。 (大正12年) - 熊本電車は予定線の特許などの全権利義務を熊本市へ譲渡し 、のちに解散。 (大正13年) - - 間および - 間が開通。 当初の事業者は熊本市電車部。 (大正15年) - 水道部と統合し電気水道局に改組。 (昭和2年) - バス事業開始。 当時熊本市外の、への乗り入れも行われた。 (昭和3年)• - 水道局が分離し電気局に改組。 - 浄行寺町 - 間が開通。 (昭和4年) - - 間および辛島町 - 間が開通。 (昭和7年) - 電気局局舎を大江町九品寺(現在地)に移転。 (昭和10年) - 上熊本線段山町 - 間が開通。 1937年(昭和12年)2月9日 - 軌道特許失効(1921年11月14日特許 熊本市東坪井町-同市池田町間、同市薬園町-同市黒髪町間、同市水道町-同市新鍛冶町間、指定ノ期限マテニ施工認可申請為ササルタメ)。 (昭和19年) - 熊本市電気局を熊本市交通局に改称。 (昭和20年) - 熊本電気軌道を買収し、同社が保有していた田崎 - 百貫石間および - 間を交通局の管理下に置く(百貫線は休止中のまま買収し、そのまま再開せず)。 (昭和29年) - - 上熊本駅前間が開通。 (昭和34年)• 8月1日 - 局舎を建替。 - 熊本駅前 - 間が開通。 (昭和40年)• - 休止中の百貫線を廃止。 - 川尻線を廃止。 (昭和45年) - 坪井線および春竹線を廃止。 (昭和47年) - 幹線水道町 - 浄行寺町間および黒髪線を廃止。 (昭和53年) - 電車改造による初の冷房車が2両登場。 (昭和54年)• - 貸切バス事業を休止(廃止は同年8月1日)。 - 上熊本線の存続を議決。 (昭和57年)8月2日 - 日本全国初の軽快電車運行開始。 (昭和58年) - 8200型電車が受賞。 (昭和63年) - 国際交流電車サンアントニオ号(8801号)命名式。 (平成元年) - 国際交流電車桂林号(8802号)命名式。 市政100周年記念運行(1353号)。 (平成4年)• 8月1日 - 火の国祭り出発式の中で戦後初の女性運転士登場(1名)。 - 国際交流電車ハイデルベルク号(9201号)命名式。 (平成5年) - レトロ調電車の登場。 (平成8年) - 貸切事業免許を再取得し熊本競輪の無料バス輸送を開始。 (平成9年)8月1日 - 超低床電車運行開始式。 (平成10年) - 9700型が第19回国際交通安全学会賞受賞。 ローレル賞受賞。 (平成19年) - - 「路面電車サミットin熊本」を開催。 (平成14年) - 市電の車庫・検査設備を上熊本駅前へ移転(局舎は移転せず)。 建物跡地は県道(電車通り)に面しては「」となったが、奧に若干の留置線があり、局舎は留置線を挟んだ位置に新築された。 (平成16年) - 市営バス路線の民間バス事業者への民間移譲が開始される。 (平成17年)10月1日 - 市電全線130円均一運賃の試行(同年10月31日まで)。 (平成18年)• からの夏季3か月間にビール電車「ビアガー電」運行開始。 10月1日 - 市電全線150円均一運賃の試行(同年12月31日まで)。 (平成19年)• - 市電全線150円均一運賃の実施。 - 大江新局舎落成(2008年2月18日に移転)。 - 設立。 (平成20年) - イルミネーション電車運行開始。 (平成21年)• - 熊本市と熊本都市バスが協定書に調印する。 - と管轄路線を熊本都市バスへ移譲。 4月1日 - 超低床電車運行開始。 (平成22年) - 田崎線を化。 市電「緑のじゅうたん」サポーター制度開始。 市役所前 - 通町筋間を軌道緑化。 (平成23年)• 3月1日 - 市電の運行系統名称を変更、運行系統の色分け、一部の電停名称を変更、を導入。 通町筋 - 水道町間を軌道緑化。 4月1日 - と管轄路線をへ移譲。 (平成24年)4月1日 - が管轄する一部路線をへ移譲。 以降2015年4月1日まで段階的に移管開始。 (平成25年)4月1日 - 熊本市営バス小峯営業所が管轄する一部路線を熊本都市バスへ移譲。 (平成26年)• 3月28日 - ICカード「」を「でんでんnimoca」の名称で導入、運用開始。 交通系ICカード全国相互利用サービスにも加入。 4月1日 - 熊本市営バス小峯営業所が管轄する一部路線を熊本都市バスへ移譲。 10月3日 - デザイン市電車両「」運行開始。 (平成27年)• 3月31日 - この日をもってバス事業を廃止、「熊本市営バス」としての88年の歴史に幕を下ろす。 4月1日 - 最後まで市営バスとして運行していた1路線「小峯京塚線」がこの日より熊本都市バスに譲渡され、2004年から進めていた市営バス路線の民間移譲が全路線完了。 (平成28年)2月1日 - 市電の運賃を170円に値上げ。 4月1日 - 電車課を運行管理課に改称。 10月1日 - 一部の電停名称を変更。 熊本市電 [ ] 緑化された線路を走る市電(二本木口電停付近) 現有路線 [ ] 路線数は5本、運転系統は2系統ある。 - 間のみがであり、ほかは全路線となっている。 また、熊本駅前から田崎橋にかけてはサイドリザベーション化されている。 は全線1435mm(。 廃止路線も1067mmの百貫線以外同じ)。 田崎橋電停付近と健軍町電停の乗車ホーム部分を除くほぼ全線が複線で、電化方式は600。 車庫は上熊本にあるが、以前車庫があった大江の交通局横にも留置線が少し残されている。 ( - )• (水道町 - )• (水前寺公園 - )• ( - )• (熊本駅前 - ) 運転系統• そのほか、便数は少ないが発、発着、辛島町発着なども設定されている。 ただし、これらの停留場などで途中折り返しが可能な停留場が終点となる便はA系統、B系統に関わらず「臨」で運行される。 ラインカラーは黄色。 あくまでも「増発」 による「臨時」ではなく、途中で終点となることを意味している(A系統の熊本駅前止めは除く)。 線とはで・・、で鹿児島本線、で豊肥本線と乗り換えが可能。 上熊本駅ではとも乗り換え可能。 に、運転系統名や電停名などの改称など、以下の変更が実施された。 現存する「2系統」と「3系統」の運転系統をそれぞれ「A系統」「B系統」へ改称し、A系統を赤、B系統を青とするラインカラーを制定する。 電停のを実施。 A系統(元の2系統)は、田崎橋を1番とし、26番の健軍町まで数字のみの番号を振る。 B系統(元の3系統)は、上熊本駅前をB1番とし、B9番のまで "B" を頭に付けた番号とする。 辛島町から健軍町まではA系統と同じ番号(8番から26番)。 6か所の電停を改称。 (水道町 - )• (浄行寺町 - )• ( - 上熊本駅前)• (辛島町 - )• (百貫石 - 田崎)• ( - ) 運転系統(運行区間は廃止時点のもの)• 1系統(田崎橋 - 熊本駅前 - 辛島町 - 水道町 - 子飼橋)• 4系統(上熊本駅前 - 藤崎宮前 - 水道町 - )• 5系統(交通局前 - 水道町 - 辛島町 - 南熊本駅前)• 6系統(交通局前 - 水道町 - 辛島町 - 南熊本駅前)• 7系統(辛島町 - 河原町 - 川尻町) 5系統廃止段階では、6系統は - 辛島町 - 前の路線であった。 その後、前まで延伸された後、辛島町 - 南熊本駅前となり、最後は5系統と同じ路線となった。 未成線 [ ] 熊本市は以下の区間の特許も保有していたが1937年に失効している。 東坪井町 - 池田町• 黒髪町 - 薬園町• 水道町 - 新鍛冶屋町 他、無軌条電車()による路線も計画していたが、こちらも実現されていない(昭和初期に構想、水害などで断念した)。 計画路線 [ ] 熊本市運輸局では1月に市電網拡大についての路線10案を発表した。 この中には、や方面への延伸、との接続が含まれていた。 また付のでは、市電延伸検討を公約に掲げるの熊本市長就任を機に、田崎橋から西と、健軍町から東方面の延伸について、調査を再開することが発表されたと報道されている。 また、2016年9月11日の熊本日日新聞で、二つの方面の延伸が優先して整備されることが報じられている。 健軍町方面延伸案 [ ] 1月の熊本日日新聞において、熊本市が策定中の観光活性化計画の一環として、市電の延伸を検討していると報じられた。 この計画は2002年の路線10案には含まれていない。 総事業費は約10億円。 報道によれば、2007年度の着工、2008年度中の開業を考えているなど、最も実現性の高い計画であった。 概要は以下のようなものである。 のから分岐し、熊本市のの東側に単線を敷設、動植物園正門まで800メートル延伸する。 公園の南側と終点の動植物園正門前の2箇所に交換設備つき電停を設置する。 動植物園の第一駐車場(330台収容)は駐車場として活用する。 公園北側には現在の大江車両基地に代わる12両収容の車庫を設ける。 続いて同年9月には、路線10案の中にある健軍町から東部への延伸と自衛隊方面の新設の2案が追加された。 こちらの事業費は60億から70億円と見込まれたが、市有地が少ないため、道路拡幅による用地取得が鍵となっている。 しかし、庄口公園方面の延伸については、同年度の予算によって調査をした結果、採算性が見込めないことと、湖の水質に悪影響を与える可能性があることから、12月に計画の中止を発表した。 しかし、益城方面への延伸については調査が開始された。 熊本電鉄接続案 [ ] 一方、は2004年7月にと市電の接続計画を発表した。 電鉄全線を市電に合わせて改軌した上で化、のに軌道を敷設して市電に接続、熊本駅方面へ直通させるもの。 総事業費は100億円以上と見込まれ、電鉄では負担しきれないことから、公的支援を要請した。 また、受け入れられない場合は3月に鉄道事業を廃止するとして、自治体側を強く牽制していた。 電鉄は10月に計画を市に譲り渡し、その後熊本市は熊本県とと共同で、電鉄案(電鉄から熊本市に譲渡した)のほかにも、市電を藤崎宮前まで延長して電鉄と同一ホーム乗り換えを行うという形も含めて検討することとし、委員会を設けて事業計画の策定を行うことを2007年3月に決定した。 これを受けて熊本電鉄側では廃止案を撤回している。 しかし、を引き起こす可能性があることや、採算性の問題などで、計画は一時凍結となった。 その後、熊本県・熊本市・合志市は電鉄案のほか、市電の藤崎宮前までの延長と同一ホーム乗り換えという形も含め、都心結節計画検討委員会を設けて事業計画の策定を行い、2008年3月、鉄道を廃止して線路敷をバス専用道に転用し、やを走らせる新バスシステム導入を軸に検討を進める方針を決めた。 その後、同年6月に熊本電気鉄道が7カ年での経営再建計画を発表し、LRT()などの新規投資ができる環境にないことから、8月に検討委員会は計画検討の凍結を決定した。 自衛隊・南熊本延伸案 [ ] 熊本市は2016年9月9日までに市電の延伸を検討しているいくつかの計画線のうち 自衛隊() ルート(から東区東町のまでの1. 5km)と 南熊本ルート(辛島町電停からJR南熊本駅までの1. 7km、旧・)のどちらかを優先的に整備する方針を固めた。 2016年10月から詳細検討に入り2017年度には 自衛隊ルートか 南熊本ルートに絞り込むとした。 そして、2017年6月16日、熊本市が「自衛隊ルート」を優先して整備する方針であることが報じられた。 今後、地元住民にアンケートを行い、電停数などを決めていく方針。 2018年12月、熊本市は「自衛隊ルート」の整備方針について、仮に2019年中に設計に取りかかった場合、に着工、の開業というスケジュールを発表したと報じられた。 また、報道で他ルートについても計画は無くなったわけではなく、あくまで「自衛隊ルート」から進めるということになっているとも報じられている。 乗車人員 [ ] 熊本市電の停留場における、1日平均乗車人員数のトップ5の停留場は以下の通りである(2015年度)。 順位 停留場名 乗車人員(人) 1 4,073 2 3,850 3 3,542 4 2,559 5 2,556 車両 [ ] 熊本市交通局では「形」ではなく「型」を正式呼称としている。 [ ] 現有車両 [ ] 型式 車両数(在籍車) 製造年 備考 1両 1063 全国唯一の製現存車 2両 1081, 1085 7両 1091-1097 、 6両 1201, 1203-1205, 1207, 1210 日本初の冷房付路面電車車両があった。 に機器を提供し廃車された車両がある。 6両 1351-1356 1編成 5014AB 1957年 旧、連接車。 2両 8201, 8202 営業用鉄道車両として、日本で初めてを採用。 8201号は「しらかわ」、8202号は「火の国」の愛称がある。 4両 8501-8504 、 の車体更新車。 3両 8801, 8802, 101 、 8801号は「サンアントニオ号」、8802号は「桂林号」(熊本市の友好都市である米国・市、中国・にちなむ)、101号はレトロ調電車。 5両 9201-9205 、 9201号は「ハイデルベルク号」(熊本市の友好都市であるドイツ・市にちなむ)。 5編成 9701AB-9705AB 、、 日本初の、連接車。 3編成 0801AB-0803AB 、 超低床電車、連接車。 0803編成はデザインの「COCORO」。 合計45両• 廃車体 日本初 [ ]• 路面電車として日本初の冷房装置付き車両を運用開始(1202号・1208号に改造で設置、)。 1060型 - 1350型については冷風が乗客に直接当たらないよう冷房吹き出し口の改良が行われている。 営業用車両として日本初の車両(、)• 日本初の超低床路面電車(、)• 軌道を樹脂で固定し、騒音と振動を軽減するを日本で初めて採用(付近、)。 本格的なサイドリザベーション化( - 、) 運賃 [ ] 市電全線おとな170円、こども90円の均一運賃(2016年2月1日改定)。 2007年10月12日より、それまでの(改定前日時点では130円から200円まで)から、利用者増加策の一環として分かりやすい運賃体系への統一や長距離利用者に対する値下げ、の廃止による経費削減を狙って、に改められた。 これに伴い、整理券が廃止されたため、乗車口に設置されていた整理券発行機との乗車位置記録用のカードライターが撤去された。 上述のように運賃均一化により整理券は廃止されたが、ICカードを利用する場合は、乗車時に乗車口のICカードリーダーにタッチするようになっている。 乗り換え [ ] でA系統とB系統とを乗り換える際はが発行される。 運転士がボールペンで書き込むもので、降車時から20分以内に乗り継ぐ必要がある。 ただし、大人用ICカードで大人1名が乗車する場合は乗換券を発行しない(乗り換え後の電車で同じICカードを利用すれば運賃は差し引かれない)。 また、利用の場合はどの電停で下車しても60分以内に次の電車に乗り継げば20円引きとなる(nimoca以外のICカードでは適用されない)。 乗車券・乗車カードなど [ ]• でんでんnimoca - IC乗車カード。 2014年3月28日導入。 などで導入されている「」のシステムに独自の名称を付けたもの。 「nimoca」のほか、対象ICカード(、、、、、、、、)も利用できる。 なお、2017年4月頃より、他のnimocaに設定されている障がい者用nimocaを発売開始した。 市電1日乗車券(500円)• 動植物園入園券付回数乗車券 - 市電乗車券2枚と入園券1枚のセット。 2016年1月31日で販売終了。 ただし、入園券、乗車券(150円券)双方とも販売終了後も使用可能だが、翌日の2月1日より運賃が170円に改定されたため、利用する際には差額分(20円)が必要になる。 適用範囲によって販売価格が異なる。 市電全線のほか、適用範囲によりの電車・バス、、も利用できる(市電以外の利用可能区間は前記の通り発売金額で異なる適用範囲により、または全路線使用できない)。 施設利用割引券が両方とも8枚付き、内容としては旅行者向けとなっている。 ほかに、が発行するが全線で利用できる。 熊本県内のバス事業者5社は2015年4月1日にICカード「」(くまモンのIC CARD)を導入したが、市電でも同年8月7日より利用可能になった。 全線廃止計画 [ ] 熊本市電は2014年現在5路線2系統が存続しているが、かつては全線を廃止する計画があった。 熊本市電は頃から他都市の路面電車と同じく採算悪化に悩まされ、5路線2系統を残して廃止された。 さらに残る5路線2系統についても前後をめどに廃止し、代替としてを建設する構想もあったが、市民から存続を求める声が上がったことや、による依存の見直し等により、により存続が決議された。 車体広告 [ ] 広告電車は昭和30年代の小型広告、また昭和40年代には全面広告を取付た車両が走りだした。 登場した背景には赤字に悩む熊本市電の経営安定化がある。 1988年9月7日、熊本県は観光都市・熊本のイメージアップのため、屋外広告物条例とその施行規則を改正し、交通局は1989年4月1日から外部の全面広告及び小型広告を自主的に全廃した。 しかし、広告廃止から10年程が経過した交通局の経営状態は決して良くはなく、独立採算性や経営安定化という点からも市電の車体広告を復活するべきであるとして、1999年4月1日から広告電車が復活した。 広告はかつての小型広告ではなく、となり、民間企業の広告ではの ミルキー を皮切りに、現在も約20車両程が広告車両となっている。 トラムガイド [ ] 熊本市電においては、昭和40年代の自動両替機がない時代以前は、運転士と車掌役の男性2名運行であった。 その後、自動両替機や整理券発行機の導入でワンマン運行体制となったが(車掌の居た位置に整理券発行機が設置された。 再度の定額化により撤去)、である9700型の導入にあたり、男性もしくは女性が「トラムガイド」として採用され、後部ドア側の業務及び車内案内などを行っている。 その他 [ ] 2016年11月より2017年3月まで熊本市出身の・による停留場案内(一部の停留場のみ)を行っていた。 バス事業 [ ] 民営化後の路線・営業所については「」を参照 熊本市内各地に路線を持つ路線バスのみの運営を基本としていたが、への無料バスを運行しているため、貸切免許も保有していた。 また、過去には熊本市に合併以前の旧・や(かすめる程度だが)旧・にも運行していた。 (昭和2年)に運行を開始し、最盛期の(昭和44年)には34路線で約3906万人の輸送人員に達した。 しかし、(平成15年)には29路線で約1536万人に落ち込んだ上、同年にがの支援を受けたことから、民間のバス事業者各社の慢性的な赤字解消を兼ねて事業の集約を進めることになった。 それを受けて、(平成16年)から(平成20年)に民間のバス事業者3社に路線の移管を進めた。 この時期には、2004年6月1日の川尻帯山線の交通センター以南を皮切りに、2008年4月1日までに、川尻(国道)線、池田大窪線(一部)、野口健軍線(一部)、御幸木部線、高平団地線、画図線、楠城西線(一部のぞく)の移譲が順次行われた [ ]。 その後、(平成21年)以降は民間3社が共同出資して設立したへの移管を進め、(平成27年)付の最後の路線を含めて23路線が移管されることになった。 さらに、4月1日より、本山車庫を、2011年4月1日より、上熊本営業所を「面的移譲」として、本山車庫、上熊本営業所に所属する路線をすべて民間3社が共同出資して設立したに移譲された。 4月1日より、小峯営業所が運行する帯山線・島崎保田窪線・熊本駅県庁線・熊本駅長嶺線(すべて)を熊本都市バスに譲渡。 小峯営業所自体も敷地内に当局と都市バスの2社局が同居する形となり、車庫も2社局で共有していたが、営業所建物は都市バスはプレハブの仮営業所で市営バスが終了するまで別々であった(現在は小峯営業所に移転し、プレハブは解体) [ ]。 (平成27年)で最後の1路線の運行を終了すると共に、同路線を運営していた小峯営業所の営業も終えることになり、88年間走った熊本市営バスの幕を下ろした。 なお、バス事業に従事する職員は他部門に転配している。 廃止された営業所 [ ]• - 熊本市中央区本山2丁目9番23号 2009年よりおよび• - 熊本市中央区黒髪3丁目3番10号(現在は熊本市の施設がある)• - 熊本市西区上熊本3丁目15番61号 2011年より• - 熊本市東区月出5丁目2番35号 2015年3月31日で営業終了。 翌4月1日から)。 SUNQパス [ ] 熊本市営バスの路線では、が当初は利用できなかったものの2006年10月1日から利用できるようになった。 また、同日からの運行がへ移管された(さらに10月1日からに再移管)。 車両概説 [ ] メーカーは国内大型4メーカー全社を使用している。 1995年までは製車体を架装した車両を中心に導入していたが、その後は車両の(・)により、純正車体での購入の割合が増えた。 ののみ西日本車体工業製の車体を架装した車両を一部導入している。 1994年に乗降用リフト付きバスを1台、翌1995年に大型ワンステップバスを1台導入したのち、1997年10月からノンステップバスを投入している。 九州ではに次ぎ2番目のノンステップバス導入事業者となっている。 またノンステップバスの購入開始と同時に、並行してから中古車を購入したのを皮切りに、その後全国各社から中古車を購入し、特に大型車の代替としていた。 主な譲受先は、・・・・・である。 熊本都市バスへの移管を控えた度以降は新車の導入が無くなった。 需給の関係から近年の新車は中型車の導入が多かったこともあり、中型ロング車の導入は比較的遅めであった。 塗装はツーステップ車(リフト付きバスを含む)は緑色と白色のツートンカラー。 は黄緑色・白色・橙色の3色で前面窓下に赤帯を加えた塗装である。 はこれに赤帯を加えた塗装を施していた。 その後、ワンステップバス・リフト付きバスはすべて熊本都市バスに譲渡されたため、この塗装の車両は消滅した。 1993年、市電のレトロ調電車導入と同時期にレトロ調バスを1台導入している。 シャーシはこの種のに多く使用されている日野自動車の特装車シャーシ U-CG3KSAU で、車体は地元の製。 この車両は熊本都市バスへ移籍することなく除籍された。 は製、発行機とは製(整理券発行機はSAN-V型、運賃箱はRX-SB型)が導入されている。 送迎バス 路線 [ ] 4月1日現在の路線名に基づいて記す(ただし、系統番号は1996年以降は熊本都市圏に乗り入れている他社と共通の「漢字1文字」と「数字」を組み合わせた番号を用いている、数字のみの番号は実質的には使われていない。 かつては、番号を表示せず、各路線ごとに異なる動物のイラストを描いた路線番号板を車両前面に掲出していたが、1996年4月1日に系統番号の使用が開始されたため中止した [ ])。 熊本市営バス路線一覧 2015年4月1日までにすべて廃止または民間移譲 旧番号 路線名 イラスト 備考 担当営業所 (臨時増発等のぞく) 1 (第1環状線) () 2009年4月にへ譲渡 本山 2 (第2環状線) () 八王寺環状線と子飼渡瀬線に分割され廃止 小峯 3 (池田大窪線) () 2005年4月に大窪方面の系統をへ移譲。 残った系統(池田京町線)も2011年4月に都市バスへ譲渡 上熊本 4 小峯京塚線 2015年3月をもって運行を終了。 2015年4月に都市バスへ譲渡。 小峯 5 (川尻帯山線) () 2004年6月に川尻町方面の系統を産交バス・へ移譲。 残った系統(帯山線)も2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯・本山 6 (島崎保田窪線) () 2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯・上熊本 7 (子飼長嶺線) () 2006年1月に廃止 小峯・上熊本 8 (楠城西線) () 2008年4月に蓮台寺・・ - ・・の系統を産交バス・へ移譲。 残った - 交通センターの系統は大江城西線へ、2010年4月に大江城西線も都市バスへ譲渡 上熊本・本山 9 (流通団地線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 10 (秋津健軍線) () 旧・野口健軍線。 2005年4月に経由の系統を産交バスへ譲渡、2009年4月熊本駅・島団地経由のアクアドーム系統も都市バスへ譲渡、2013年4月残りの全線を都市バスへ譲渡 小峯・本山 11 (御幸木部線) () 御幸木部町系統は2007年4月に熊本バスへ譲渡、川尻町系統は廃止 本山 12 (花園柿原線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 上熊本 13 (川尻(国道)線) () 2005年4月に産交バスへ移譲 本山 14 (画図線) () 2008年4月に熊本バスへ移譲 小峯 15 (池田健軍線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 小峯 16 (健軍長嶺線) 2013年4月に都市バスへ譲渡 小峯 17 (川尻土河原線) () 廃止 本山 18 (東町団地線) 2013年4月都市バスへ譲渡 小峯 19 (中央環状線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 20 (昭和町線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 小峯・上熊本 21 (高平団地線) () 2007年7月に電鉄バスへ移譲 上熊本 22 (熊本駅県庁線) () 2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯(本山担当は先に廃止) 23 (上熊本線) () 2011年4月に都市バスへ譲渡 小峯・上熊本 24 (長溝団地線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 25 (上熊本車庫線) () 共同運行時にはイラストなしになっていた。 2010年4月に都市バスとの共同運行を開始し、2011年4月に全便移管 上熊本 26 (川尻県庁線) () 廃止 本山 27 (本山車庫線) (なし) イラストなし。 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山 28 (八王寺環状線) () 2009年4月に都市バスへ譲渡 本山・上熊本 29 (子飼渡瀬線) () 2010年4月に都市バスへ譲渡。 営業所から出入庫の交通センター - 小峯営業所の系統は廃止 小峯 30 () (なし) 2006年10月に民間移譲 上熊本・本山 31 (熊本駅長嶺線) () 2012年4月に都市バスへ譲渡 小峯 32 (渡鹿長嶺線) () 2014年4月に都市バスへ譲渡 小峯 33 (大江城西線) (ワニ) 2010年4月に都市バスへ譲渡 上熊本 関連項目 [ ]• - に代わって2010年4月から発売されている熊本市交通局・熊本都市バス・九州産交バス・産交バス・熊本電気鉄道共通の一日乗車券• LRT 参考文献 [ ]• 中村弘之「熊本市交通局」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道図書刊行会、1977年• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 『熊本市史』昭和7年、、 頁(国立国会図書館デジタルコレクション)• 大眉一末『熊本市政五十年史』、九州中央新聞社、昭和14年、、、、、頁(国立国会図書館デジタルコレクション) 脚注 [ ] 注釈 [ ] []• の中で、『道路中央にある軌道を歩道側に寄せる「軌道のサイドリザベーション化」を全国で初めて本格的に実施』と触れられているが、サイドリザベーションそのものを全国初としているわけではない。 道路端に併用軌道を確保することは古くから例があり、の - - 間の一部の併用軌道(『』No. 688(2000-7臨時増刊号)p. 182)に同様な例が見られたほか、の - 間の一部もサイドリザベーションとなっている(『鉄道ピクトリアル』No. 852(2011-8臨時増刊号)p. 187)。 また、工事に伴う一時的な道路端への軌道移設は、でも行われたことがある(同誌No. 852 p. 220)• 2015年3月31日バス事業廃止と同時にSUNQパス運営委員会から脱退。 最終運行日まで使用されたが、熊本都市バスには継承されず• 都市バスには継承されず 出典 [ ] []• 朝日新聞社• (神戸大学新聞記事文庫)• (神戸大学新聞記事文庫)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 3月26日許可(国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 池田光雅『鉄道総合年表1972-93』中央書院、1993年、p. 熊本市役所ホームページ• - 熊本市交通局2013年10月28日• , 株式会社ニモカ 2013年10月28日• 毎日新聞 2016年1月16日• 森口誠之著『鉄道未成線を歩く私鉄編』JTB、2001年、p. 175• - 熊本日日新聞、2015年1月1日• - 熊本日日新聞 くまにちコム、2017年6月17日• - 読売新聞、2018年12月20日• - 国土交通省九州運輸局• - 熊本市交通局、2016年2月1日• 読売新聞熊本面 2008年5月10日• 熊本市交通局. 21 2017年4月11日. 2017年6月4日閲覧。 熊本市交通局. 3 2017年4月11日. 2017年6月4日閲覧。 - 熊本市交通局、2015年7月24日 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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熊本競輪

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概要 [編集 ] 熊本競輪場はに開設された。 記念競輪 () として『火の国杯争奪戦』が毎年10月に開催されている。 他にも現役時代は全国区のスタープレイヤーとして大活躍し、日韓競輪交流親善大使に任命されたを称え『日韓競輪親善大使記念矢村正杯』が、また現役時代は熊本を中心に活躍し熊本選手会の長として中央に上り、輪界の発展に尽くしたを称え『松本秀人杯』が開催されている。 として、とにが、・にが、に九州地方では初めてのが、それぞれ開催された。 トータリゼータシステムはを採用している。 イメージキャラクターは『』から「」をモチーフとした「ファイ太」。 発売締切前(3分前~)の音楽はの「」。 より一般来場者立ち入り区域全体をカバーする無料サービスを開始(としては全国初 )。 競輪業界初の試み となる。 ではの本震でバック側特別観覧席の窓ガラスが破損し、バンクなどの設備が壊れる被害を受け 、により建物への立ち入りは危険と判断され、本場での開催と場外発売は中止される事になる。 その後前売向けと東門の発売所を使用することによりから場外発売は再開された が、本場での開催再開は当初2020年10月再開を目標としていた が、新たに雨水対策工事を施すため工期が遅れ、2021年12月ごろ になる予定。 なお同年からの松本秀人杯とからの矢村正杯(共にFI開催)、からまでの記念開催は、で熊本市の主催により行なっており 、以降の記念開催も同様に久留米競輪場で開催されている。 また2019年に当地で開催予定だったは沖縄県で開催された。 バンク [編集 ] 既存の陸上競技場 を拡張するような形でつくられた。 1周は500m。 元々は400mで設計していたが、直線部分のみを伸ばすような形で500mに変更して完成させたため、全国の競輪場で最も直線が長く、その特異なバンク構造から「 滑走路」のあだ名がつけられている。 これは、競輪場のバック側特別観覧席とスタンドの構造を共有している(陸上競技場)が隣接しており、500mバンクの内側において通常設置されることの多い陸上用トラックの造成が不要なためである。 直線が極端といえるほど長いため先行する選手には不利であり、それを追走する番手の追込選手すら有利とは言い切れない。 後方から捲る自力の選手も状況次第で番手追走の選手に交わされる事もあり、最後の直線だけで実力を発揮させるタイミングが重要な走路といえる。 ただし、タイミングさえ上手く図れれば先行選手でも逃げ切れるケースがある。 大画面映像装置は1センター側に設置されているが、これが後方の選手が直線へ入る時のコースを決めやすくさせる要因になっている。 熊本競輪場施設整備基本計画ではの誘致や公益性などから周長を400mに縮小される予定である。 チャリロト [編集 ] の開催からにあたるを発売しているが、グループ開催への移行により、それまでのによる発売はを最終日として一旦終了することになり、最終日は特例として各賭式でキャリーオーバーがあった場合は一つ外した目でも的中の扱いとしていたが、全方式とも的中者がいなかったため、チャリロトの208万6650円、チャリロトセレクトの78万0675円、チャリロト5の1350円が、熊本市の収益となった。 同年の開催よりキャリーオーバーを共有する『グループG』としての発売となり、・・・と共有している。 なおキャリーオーバーの対象外であるチャリロト3は熊本単独で発売される。 には「チャリロトプラザ」が開設され、会員登録により場内での重勝式購入が可能となった。 場外車券売場 [編集 ]• サテライトかのや - 鹿児島県大浦町。 にオープンさせたが、をもって閉鎖。 サテライト川辺 - 鹿児島県川辺町神殿1394。 場外車券売場オートレース川辺内にてオープンしたが、熊本競輪が開催されないためをもって閉鎖。 :「」新幹線口(西口)広場から(ファンバス)あり。 菊南プラザバスが運行。 「」前(から徒歩約3分)と「水前寺戸井ノ外公園」前に停車。 概ね30分間隔運行(所要時間 約30分)。 公共交通機関• JR九州:「」下車、徒歩約15分。 :「」下車、徒歩約15分。 :小峯京塚線 または 昭和町線 で 「競輪場前」バス停下車、徒歩約1分。 あるいは 帯山線 で「グランド北入口」バス停下車、徒歩約1分。 その他 方面から• :、 あるいは 特急 で「」バス停下車、徒歩約15分(所要時間 合計約40分)。 タクシー:所要時間約30分。 5000円程度。 ホームバンクとする主な選手 [編集 ]• (57期)• (59期)• (81期)• (85期)• (90期)• (91期)• (102期) - 2017年1月に新潟から移籍• (104期、旧姓・手柴)• (105期) 過去には馬場正(12期)が通算843勝を挙げている。 合志と中川誠一郎のほか、古くはとがを制覇している。 (30期)は、引退後に競輪評論家としても活躍した。 脚注 [編集 ] []• 841m• - 熊本市 農水商工局 競輪事務所• 競艇では、などで類似事例がある。 - ・2016年4月21日• - KEIRIN. JP・2016年4月26日• - 熊本競輪場・2016年5月31日• - 西日本スポーツ、2017年11月9日• - KEIRIN. JP・2016年5月31日• - KEIRIN. JP・2016年7月1日• - 久留米競輪場• - 熊本けいりん• 昭和天皇の御大典記念事業の一環として、とともに(昭和3年)に建てられた(現在の水前寺競技場とは異なる)。 もっとも、昭和40年代初頭(1960年代後半)までは、バンクの内側に1周300mのトラックがあった。 - ・2019年3月4日• - チャリロトニュース・2015年4月8日• KEIRIN. JP 2020年1月17日. 2020年2月11日閲覧。 2015年(平成27年)3月までは(廃止 現:熊本都市バス)が運行。 停車バス停は「熊本交通センター」、「」、「」だった。 と共同運行。 外部リンク [編集 ]•

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