さだまさし コンサート 中止。 豊川市 【公演中止のお知らせ】さだまさしアコースティックコンサート2020

パシフィコ横浜ノース グランドオープニングイベント さだまさしディナー&コンサート

さだまさし コンサート 中止

さだまさしは、シンガーソングライターです。 3歳の頃からヴァイオリンを習い始め、中学生のときにヴァイオリン修行のため単身上京します。 中学生の頃に加山雄三やサイモン&ガーファンクルの影響からギターを始め、同時に作曲も始めます。 しかし一方で東京藝術大学音楽科附属高校への受験に失敗したことからヴァイオリンへの熱意を失い、國學院高等学校へ進学しました。 その後國學院大學法学部に進学するも中退、一度長崎へ帰郷しますが、彼を訪ねてきた高校時代の友人吉田正美と再会したことからフォークバンド「グレープ」を結成しました。 長崎での音楽活動がプロデューサーの目に留まり、1973年「雪の朝」で全国デビューを果たします。 セールスには恵まれず、翌年に発表したセカンドシングル「精霊流し」も売り上げは芳しいものではありませんでした。 しかし「精霊流し」はラジオをきっかけに大ヒットとなり、第16回日本レコード大賞作詩賞も受賞、一躍人気ミュージシャンの仲間入りを果たします。 翌1975年にリリースした「無縁坂」もヒットとなりますが、「グレープの曲は暗い」というイメージがついてしまったことや健康上の理由から「グレープ」を解散、ソロとしての活動を開始します。 ソロデビュー曲は1976年に発表した「線香花火」で、翌1977年に発表した「雨やどり」はオリコンチャート1位となる大ヒットを記録しました。 同年に山口百恵に提供した「秋桜」も大きな話題となります。 1978年には個人レーベルを設立、同年に発表した「関白宣言」も150万枚を超える大ヒットとなりました。 また1981年からはフジテレビのドラマ「北の国から」の音楽を担当し、その主題歌はとても有名です。 1979年には「関白宣言」で第30回紅白歌合戦に初出場を果たしたほか、2006年の日本レコード対象特別賞など受賞歴も多数あります。 ミュージシャンとしてだけでなく小説家としても活躍しており、2002年には児童書「おばあちゃんのおにぎり」を発表してひろすけ童話賞を受賞、2002年に発表した小説集「解夏」や2004年に発表した長編小説「眉山」は映画化もされています。 2018年にはレコードデビュー45周年を迎え、それを記念してセルフカバーアルバム「新自分風土記 I ~望郷篇~」「新自分風土記 II ~まほろば篇~」を2019年5月15日にリリースします。 それを受けて5月18日から8月29日まで、コンサートツアー「さだまさしコンサートツアー2019〜新自分風土記〜」を開催します。 さだまさしは、シンガーソングライターです。 1952年4月10日生まれ、長崎県長崎市出身です。 ファンとスタッフの間では「まっさん」の愛称で親しまれています。 フォークデュオ・グレープとしてメジャーデビューを果たし、「精霊流し」が代表曲として知られています。 デュオは1976年に解散しましたが、1991年の再結成以来、数年おきにグレープとしても活動を続けています。 ソロのミュージシャンとしては「関白宣言」「親父の一番長い日」「北の国から〜遥かなる大地より〜」などを手がけ、ヒットメーカーとして数々の名曲を送り出しました。 コンサート活動を精力的に行っており、1985年にソロコンサート通算1,000回を記録しました。 2002年には通算3,000回、2013年には4,000回を超えました。 日本人ミュージシャンで、ライブ本数が3,000回を超えるのはさだまさしのみで、現在でも自身の記録を更新し続けています。 また平安神宮や東大寺大仏殿といった寺社でのコンサートも開催しています。 大学時代には落語研究会に所属しており、コンサートでもトークや噺と呼ばれる長めのMCが定番となっており、落語や漫談のように一つの演目として成立しているほどです。 ステージトーク集のライブCDリリースや、2012年に開催した「さだまつり」ではほとんどをトークに費やすというコンサートを開催するなど、噺家としての一面もあります。 作風は幼少期に学んでいたバイオリンの影響もあってか、クラシックの要素を取り入れた楽曲が多いです。 コンサートでもバイオリンを披露することがあります。 中学時代に加山雄三やサイモン&ガーファンクルの影響を受けて楽曲を作るようになり、これが今日の作風に通じています。

次の

さだまさし6月公演の延期及び中止のお知らせ

さだまさし コンサート 中止

緊急事態宣言が発令された3日後の2020年4月10日、さだまさしがオフィシャルYouTubeとLINE LIVEで「緊急事態宣言の夜に」と題した楽曲を披露した。 〈お前のおふくろを 死なせたくないんだ〉ではじまるこの曲では、ウイルスに罹らないことの重要性、生活インフラを守る〈警察、消防、郵便、宅配、コンビニ、薬局、スーパー、自衛隊のみんな〉、そして医療関係者に対する感謝とエール、さらには争いを超え、連帯を求める〈今 ひとつになろう〉といった呼びかけが歌われており、発表直後から大きな話題を集めた。 リアルサウンドでは、さだまさしに「緊急事態宣言の夜に」を軸としたインタビューを行った。 同曲を発表した経緯、歌に込めた思い、新型コロナウイルスによって甚大な影響を受けている現状について話を聞いた。 (森朋之) 歌おうと決心したのは生配信が始まってから ーー緊急事態宣言の発令が4月7日。 その3日後の4月10日に、YouTube、LINE LIVEで「緊急事態宣言の夜に」を発表して、大きな話題を集めました。 4月7日に緊急事態宣言が発令されて、その日がたまたま僕の母の命日だったこともあって、『「緊急事態宣言」に今 思うこと』というエッセイを書いたんです。 最初は「Masa@Mania」(まっさマニア)というファンの方向けの月額サイトにのみ公開しようと思っていたら、スタッフから「これはたくさんの人に発信しましょう」と言われ、公式のInstagram、LINE、Twitterなどに載せて、さらに翌日、そこで書いたことを歌にしました。 ーーそれが「緊急事態宣言の夜に」なんですね。 さだ:ええ。 4月10日は僕の誕生日だったんですが、「こんな日にコンサートもできなくて、何も発信できないのは寂しい」と思い、レコード会社に頼んで、オフィシャルYouTubeとLINE LIVEで生配信ライブをやらせてもらって。 歌を歌ったり、バカなことを話したり、みなさんに楽しんでもえることをやろうと思っていたんだけど、緊急事態宣言を受けて、何も意見を言わないというのは何だか卑怯な気がしてしまって。 それで、作ったばかりの歌を歌おうと。 直前まで迷いましたけどね。 「どうしよう、でも、歌うか」と決心したのは、生配信が始まってからでした。 (歌詞の)推敲もできていないし、メロディも不安定だから、おそらく歌い出しと途中ではメロディが変わってるんですよ。 ほぼ即興で歌ったようなものだし、新曲の発表というわけではないんです。 そのときの僕の思いを音楽家としてぶつけたと言うのかな。 エッセイと同じで、賛同してくださった方もいれば、反対意見もありましたね。 その気持ちもよくわかるんです。 だけどね、僕が文句を言って解決するならともかく、「カッコつけて言ってるだけ」みたいになるのが悔しくて。 だったら、〈お前のおふくろを死なせたくない。 だから俺はこの病気に罹らないように努力するし、お前に会わない努力をする〉ということを歌うべきだなと。

次の

チケットぴあ/公演中止・延期・発売方法変更のお知らせ

さだまさし コンサート 中止

【ミニストップ】でご購入された方は、全国のミニストップ各店舗で払い戻し可。 必ずチケットをご持参の上、払い戻し手続きを行ってください。 公演チケットと各種手数料券をご一緒にご持参ください。 各種手数料券をお忘れの場合は、手数料のご返金はできかねます。 払い戻し方法は、下記URLをご確認ください。 お手持ちのチケットもご返送いただかなくて結構です。 ご返金は郵便振替払出証書での実施となりますが、お手続きの都合上、11月以降のお届けを予定しております。 あらかじめご了承ください。 郵便振替払出証書は、郵便貯金事務センターより緑色の封筒にて届きます。 本人確認証をご持参の上、郵便局にて換金してください。

次の