ドクトル ジバゴ 映画。 映画『ドクトル・ジバゴ(1965)』あらすじネタバレ結末と感想。動画フルを無料視聴できる配信は?

ドクトル・ジバゴ (1965年の映画)

ドクトル ジバゴ 映画

When that happens, it will stun us for a long time, and, coming to our senses, we will no longer get back the memory we have lost. ロシアは、世界で初めて社会主義が支配する国になる運命なのだとも思う。 そうなれば私たちは長い間呆然として過ごすだろうね。 そして我に返ったとき、失った思い出はもう決して取り返せないと気づくだろう。 2018年2月の星組公演『ドクトル・ジバゴ』の予習として入手したパステルナークの原作。 その「命」の描き方に圧倒され、熱中して読んだ。 ちなみに邦訳は新潮文庫版が廃盤となっていて、現在入手可能なのは単行本の『ドクトル・ジヴァゴ』のみ。 これがなんと上下巻に分かれておらず重そう&お値段も重めの8,640円だったのでちょっと逡巡してしまい、 いい作品なのに、 しかも宝塚で公演となると原作を必ず読むファンも多いから売上もそれなりに見込めそうなのに、文庫版での復刊がないのは残念。 あらすじ 『ドクトル・ジバゴ』は激動の時代に生を受けた人々の「生きた証」のような小説だ。 物語は、主人公であるユーリ(ユーリイ・ アンドレーヴィチ・ジバゴ)が父に次いで母を亡くし、親戚であるグロメコ氏に引き取られるところから始まる。 モスクワに暮らすグロメコ家は裕福で、ユーリも不自由なく育つ。 詩や音楽が大好きで芸術に魅かれていたのだが大学を卒業すると医師になり、グロメコ夫妻のたっての願いもあり一緒に育ったグロメコ家の娘トーニャと結婚する。 その後医師として戦争に駆り出されたユーリは、戦地でラーラという看護婦と知り合う。 ユーリはモスクワで2度、ラーラを見かけたことがあった。 1度は少年の頃、もう1度はラーラがコマロフスキーという男を銃で撃つところである。 遠くから見かけただけではあるが、その美しさは彼の心に残っていた。 愛情はあるものの、どちらかというと義務感からトーニャと結婚したユーリにとって、ラーラは初恋の人のようなものである。 しかし戦地でラーラはやんわりとユーリを拒み、戦争の終わり(ロシア革命の成功)とともに二人は何事もなく別々の道を行く。 社会主義のソヴィエト連邦となったロシアで、モスクワに暮らし続けることは不可能だと悟ったユーリは家族を連れウラル地方へ引っ越す。 そこで、ユーリはウラルへ戻ってきていたラーラと再会してしまう。 そしてお互いに家族のいる二人の情事が始まる。 ユーリという男 ユーリの悲しさは、「自分の望むままに生きることができない」ということだろう。 もともと詩が大好きで芸術の道に進みたかった彼は医師という職業の安定性を選び、好きなことを犠牲にしてしまう。 それでもずっと詩は書き続けるのだが。 How I would like, along with having a job, working the earth, or practising medicine, to nurture something lasting, fundamental, to write some scholarly work or something artistic. 仕事を持ち、農業をしたり医師として勤務したりするのと並行して、何か長く残るもの、本質的なことに取り組みたい。 学術研究や芸術的な何かを紙に書き記したい。 結婚もそうで、トーニャという幼馴染に愛情は感じているものの、それは恋ではないし、燃え上がるような愛もそこにはない。 どちらかというと、自分を育ててくれた親戚に対する恩返しという気持ちで結婚してしまう。 そんな彼の目に、ラーラという女は自由を生きているように映る。 だからこそ惹かれてしまうのだろう。 でも、トーニャと子供を捨てるわけにもいかない……その辺りの心の迷いが随分細かく描写されるのは、 パステルナーク本人の経験に基づく物語だからこそだと感じる。 そしてそのリアリスティックな感情の揺れがあるからこそ、この作品はただのメロドラマでは終わらない。 ラーラという女 ユーラの物語と並行して、ヒロイン・ラーラ(ラリッサ・フョードロヴナ・ギシャール)の物語も語られる。 ラーラの母親はフランス人で、夫を亡くしてからはコマロフスキーという弁護士の支援を受けて洋裁店を営んでいる。 コマロフスキーは母親の愛人兼パトロンなのだが、美しく成長するラーラに惹かれ、関係を持つよう迫る。 そんなコマロフスキーを「気持ち悪い!」と拒絶していればなんてことはないのだが、この場面でのラーラの葛藤が物語の最初の見所である。 ラーラもコマロフスキーに惹かれてしまうのだ。 The girl was flattered that a handsome, greying man who could have been her father, who was applauded in assemblies and written about in the newspapers, spent money and time on her, called her goddess, took her to theatres and concerts and, as they say, 'improved her mind'. ハンサムな白髪交じりの父親といってもおかしくない年齢の男性が、集会では拍手で迎えられ新聞にその名が載るような男性が、金と時間をかけ、彼女を女神と呼び、劇場やコンサートに連れて行き、「知性を磨いて」くれるということが嬉しかった。 ここから、ラーラとコマロフスキーの情熱と嫌悪のタンゴが始まる。 そのうち、ラーラは年下の青年パーシャと付き合うようになり、母を裏切っていたという罪悪感やコマロフスキーから逃れられないという絶望感から、コマロフスキーを銃で撃ってしまう。 ラーラはその後パーシャと結婚し、ユリアーチンというウラル地方で生活するようになるが、コマロフスキーと関係を持っていたラーラをどうしても許すことができないパーシャが戦争に志願し家を出るとラーラも看護婦となりその後を追う。 ラーラは当然聖女ではない。 (向こうから迫られたとはいえ)母親の愛人と関係を持ってしまうし、そこに罪悪感はもちろんあるものの、自分が注目されて嬉しいという気持ちも確かにある。 その後パーシャと結婚するものの、ジバゴとも関係を持ってしまう。 だが、一概に悪女とも「身持ちの悪い女」とも言えない何かがある。 自分の運命をただ嘆くのではなく脱出しようと試みる強さ、自分を卑下することのない凛とした佇まい。 『ドクトル・ジバゴ』はまさに宝塚向けの作品 そもそも、三人の男と関係を持つ女性が宝塚のヒロインというのはなかなかないことだが、聖女でもなく悪女でもないアンビヴァレントなラーラを演じた有沙瞳さんは歌よし・演技よし・ダンスよしの 正統派娘役。 公演前は「ラーラのイメージではない」という意見が多かったように思うが、そこはさすが有沙さん。 何があっても自分に正直でどこか清潔感の漂うラーラには目を奪われた。 「私がファム・ファタールよ!」みたいな押し出しは全くなく、有沙さんの持ち味である野の花のような可憐さが逆にラーラにぴったりだったように思う。 しかも、考えてみればみるほど『ドクトル・ジバゴ』は宝塚の舞台にぴったりだ。 70名超と組子が多いから(今回は別箱公演だったが)、白軍や赤軍の兵士まで演じることが可能 2. 登場人物は圧倒的に男性が多く、軍服やスーツ姿などファン的見所も豊富 3. ラーラとトーニャという対照的な女性が登場するので、娘役も見せ場が多い 4. ファンは往々にして歴史の知識を蓄えているので、ロマノフ王朝・ロシア革命などややこしい時代背景も把握できる人が多い というわけで、映画も見たし観劇にも行ったのだけれど、原作はとにかく細かく書き込まれていて(人物しかり、それぞれの感情しかり)エピソードも映画や舞台とは違うところがそれなりにあった。 エフグラフの存在意義など、考えさせられるところもあった。 逆に映画と舞台では時代背景が分かりやすくなっていて恋愛が主軸とされているがために、ラーラの存在が強く心に残った。 タイトルは『ドクトル・ジバゴ』で、ジバゴという男の一生を描いているにもかかわらず。 映画のジュリー・クリスティも美貌の女優だが、どこか少女のような雰囲気を持っていてそれがラーラにぴったりだった。 目で語る女優だな、と実感。 映画よりも有名かもしれない「ララのテーマ」は、今年のフィギュアスケートで使用している選手がいましたね。 これもおすすめ&これも読みたい 統制の厳しいソヴィエト政府の影響で、外の世界からは知ることのできなかったロシア革命や当時の人々の様子が描かれてことで評価された『ドクトル・ジバゴ』。 でも、やはりこの小説は恋愛小説だと思う。 矛盾をはらんだ、理性ではどうしようもない、花火のように一瞬燃え上がり散ってゆく愛を描いているので、『存在の耐えられない軽さ』がお好きな方におすすめ。 ナボコフが不器量な小説だと評している通り文体は決して優雅ではなく、とはいえストーリー性が楽しめる訳でもないものの「ガーディアンの1000冊」の中では、"Love"ジャンルに含まれる本を一番多く読んでいるような恋愛小説ラバーはきっとお好きだと思う。 名前一覧表 邦訳は読んでいないため、名前の日本語表記は異なるかもしれません。 ピンク字はニックネーム。 幼い時に両親を亡くす。 医師だが芸術が好きで、詩を書き続ける。 のちのユーラの妻。 革命後はフランスに亡命。 ストレリニコフという名前でボリシェヴィキに参加し広く知られるようになる。 Viktor Ippolitovich Komarovsky(ヴィクトル・イッポリトヴィチ・ コマロフスキー):ラーラの母親のパトロン。 ラーラに惹かれ、手を出してしまう。 <ユーラを取り巻く人々> Marya Nikolaevna Zhivago(マリア・ニコラエヴナ・ジバゴ):ユーラの亡くなった母親。 Alexander Alexandrovich Gromeko(アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・グロメコ):化学の教授。 両親を亡くしたユーラを引き取る。 Anna Ivanovna(アンナ・イワノヴナ):グロメコの妻。 鉄鋼業界で成功した父を持つ。 Gaiulin(ガイユーリン):第一次世界大戦でパーシャが率いる軍隊の中尉だった。 看護婦ラーラにそのことを伝える。 その後白軍で戦うようになる。 Anfim Efimovich(アンフィム・エフィモヴィチ):ジバゴ一家がウラルへ向かう列車の中で出会う弁護士。 ジバゴ家を助け面倒を見る。 Liberius Avercievich Mikulitsin(リベリウス・アヴェルチエヴィチ・ミクリツィン):パルチザンのリーダー。 Marina(マリーナ):ユーリの3番目の妻。 <ラーラを取り巻く人々> Amalia Karlovna Guichard(アマリア・カルロヴナ・ギシャール):ラーラの母親。 フランス人。 Olya Demina(オーリャ・デミーナ):アマリアの洋裁店で働くお針子。 ラーラの友人。 Jack(ジャック):コマロフスキーが飼っているブルドッグ。 ラーラに噛み付く。 Nadya Kologrigova(ナディア・コログリゴワ):リパの母。 ラーラはコマロフスキーから身を隠すために家出し、リパという女の子の住み込み家庭教師になる。 Katenka(カーチェンカ):パーシャとラーラの娘。 Tanya(ターニャ):ユーリとラーラの娘。 ニカとミーシャに発見され、その後エフグラフに保護される。 地名一覧 モスクワ:革命前にユーラやラーラが住んでいた。 ドゥプリャンカ(Duplyanka):母親の死後、ユーラがおじのニコライと滞在する。 ユリアーチン(Yuriatin):結婚したパーシャとラーラが移り住んだウラル地方の村。 メリュジーヴォ(Meliuzeevo):戦争に駆り出されたユーリとラーラが再会した村。 ヴァリキーノ(Varikyno):戦争後、ユーリが家族と移り住む村。 ユリアーチンの近く。 チェルン(Chern):ユーリとラーラの娘ターニャが暮らす村。 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存 保存.

次の

ロシア革命前後の女性ラーラーとそれを取り囲む3人の男達の物語 映画 「ドクトル・ジバゴ」

ドクトル ジバゴ 映画

ドクトル・ジバゴの紹介:1965年アメリカ,イタリア映画。 ロシアの文豪ボリス・パステルナークの同名小説を映画化した長編大作です。 ロシア革命前後の動乱期を生きた医者で詩人の主人公ジバゴの波乱に満ちた生涯を、二人の女性への愛と共に描いています。 アカデミー賞で5部門(脚色賞、撮影賞、作曲賞、美術監督・装置賞、衣裳デザイン賞)を受賞しています。 ドクトル・ジバゴのネタバレあらすじ:起 ソ連軍の将軍エフグラフ・ジバゴ(アレック・ギネス)は、亡き義弟とその恋人との娘を探していました。 そしてようやく探し当てたのは、戦災孤児として生きて延び、今では建築現場で働いているターニャ(リタ・トゥシンハム)という若い娘でした。 両親の愛を知らずに育ったターニャに、エフグラフは父親である医師で詩人だった男の話を語り始めました。 時を遡ること19世紀末。 幼い頃に両親を亡くし、モスクワに住む親戚のアレキサンダー(ラルフ・リチャードソン)と妻アンナ(シオバン・マッケンナ)のグロミーコ夫妻に引き取られたユーリ・ジバゴ(オマー・シャリフ)。 1913年、ジバゴは医学生として勉学に励む傍ら詩人としての才能も開花させ、医師免許を取ると同時にグロミーコ夫妻の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)と婚約しました。 一方、同じくモスクワに住む17歳の女性ラーラ・アンチポワ(ジュリー・クリスティ)は洋品店を営む母アメリア(アドリアン・コリ)と2人で暮らしていました。 ドクトル・ジバゴのネタバレあらすじ:承 そんなある日、ラーラとコマロフスキーの関係を誤解したアメリアが自殺未遂を図り、コマロフスキーの頼みで友人の医師ボリス・カート教授(ジェフリー・キーン)が呼ばれ、その弟子だったジバゴも治療に同行することになりました。 ジバゴはそこで、ラーラとコマロフスキーのただならぬ関係を知ってしまいます。 やがてアメリアは一命を取り留め、ラーラはコマロフスキーにパーシャを紹介しますが、コマロフスキーはパーシャとの交際を止めるよう忠告しました。 そんなある時、コマロフスキーは洋品店に1人でいたラーラを襲い、その処女を奪いました。 クリスマスの夜、心に深い傷を負ったラーラはコマロフスキーに復讐するため、コマロフスキーが参加しているパーティーへ乗り込み、パーシャから借りた銃でコマロフスキーに発砲、パーシャの手引きで逃走しました。 腕を撃たれたコマロフスキーはその場に居合わせていたジバゴの治療を受けますが、ジバゴはラーラを蔑むコマロフスキーの発言に不快感を感じていました。 その後、落ち延びたラーラはパーシャと結婚、二人の間には娘のカーチャ(ルーシー・ウェストモア)が産まれました。 ドクトル・ジバゴのネタバレあらすじ:転 1914年に第1次世界大戦が勃発、ジバゴは軍医として野戦病院に赴任しました。 ジバゴはあのクリスマスパーティーでの出来事を覚えており、「あの勇気は尊敬するよ」とラーラを励ましました。 数ヶ月後、二人はそれぞれの場所に戻ることとなり、ジバゴはモスクワの自宅に戻りましたが、折からのロシア革命により状況は一変しており、ソビエト政府による富裕層への締め付けの強化によりジバゴ一家は貧しい生活を強いられることになりました。 そんな時、ジバゴは義兄で軍人のエフグラフと再会、彼の勧めで妻トーニャと息子のサーシャ、義父と共に田舎町ベルキノへの疎開の手配をしてもらいました。 ベルキノへ向かう汽車の中で、ジバゴはストレハニコフと再会しましたが、完全に革命に憑りつかれていらストレハニコフは妻ラーラへの愛を失っており、ラーラはベルキノの近くにあるユラティン村にいることを告げられます。 ベルキノでも貧しい生活を強いられたジバゴでしたが、ある日ジバゴはユラティン村でラーラと再会、二人は深く愛し合うようになっていきました。 ドクトル・ジバゴの結末 そんなある日、ジバゴは赤軍の義勇軍パルチザンに拉致され、軍医として働くよう強要されました。 何とかパルチザンを脱出したジバゴはラーラに助けられますが、ジバゴの家族は既にフランスへ出国したらしく、離れ離れになったジバゴはそのままラーラと生活を共にすることにしました。 やがてラーラはジバゴの子を身籠り、ジバゴも詩作に打ち込む日々を過ごしていましたが、ストレハニコフは戦禍の悪化と共に自ら命を絶ち、ジバゴとラーラにも危機が迫りつつありました。 ジバゴはラーラに別れを告げ、ラーラは赤軍から逃れる際に協力してくれたコマロフスキーの誘いを受け、カーチャと共に去っていきました。 その後、ジバゴはエフグラフの手引きでモスクワに医師の仕事を得ました。 月日が流れた1929年、ジバゴはモスクワの電車内でラーラらしき人物を見かけ、必死に跡を追いましたが、かねてから患っていた心臓発作に倒れ、ジバゴはラーラに会うことなく息を引き取りました。 ジバゴの葬式の席、エフグラフはラーラと会い、ジバゴとの間に生まれた娘と動乱の最中に生き別れたので探してほしいと頼まれました。 エフグラフは彼女の願いを聞き入れましたが、スターリン政権の圧政の最中、娘が見つからないままラーラは捕えられて労働収容所に送られ、そのまま姿を消しました…。 ターニャに全てを語り終えたエフグラフは彼女にジバゴの詩集を贈り、困惑したターニャは恋人と共にひとまずその場を離れることにしました。 しかし、ターニャの手にはジバゴが母から受け継いでいたパラライカがあり、エフグラフはパラライカの名手だったジバゴを想い「血筋だな」とターニャを見送りました。

次の

ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ / Doctor Zhivago』が宝塚にぴったりな理由

ドクトル ジバゴ 映画

解説 ボリス・パステルナークの小説を、「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、同じく「アラビアのロレンス」のデイヴィッド・リーンが監督した、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。 撮影はフレッド・A・ヤング、音楽はモーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。 出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフ、「ある晴れた朝突然に」のジェラルディン・チャップリン、「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティ、「クロスボー作戦」のトム・コートネイのほかにアレック・ギネス、シオバン・マッケナ、ラルフ・リチャードソン、リタ・トゥシンハムなど。 製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。 なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。 1965年製作/197分/イギリス・アメリカ合作 原題:Doctor Zhivago 配給:MGM ストーリー 19世紀末のロシア。 ユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。 幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。 2人の婚約発表のパーティーの日、近所の仕立屋の娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、弁護士コマロフスキーの誘惑から逃れるため、彼に発砲するという事件を起こした。 彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。 1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ジバゴは医師として従軍した。 戦場で看護婦として働らくラーラに再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚したのを知り、自分もまた家庭を持っていたが、ラーラへの愛をどうすることもできなかった。 それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。 その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰った革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。 ジバゴが革命軍のリーダーで、義兄のエフグラフ(アレック・ギネス)に初めて会ったのはその頃だった。 義兄の勧めもあって、田舎で休養することにした彼は、旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、赤軍の将校に尋問された。 この将校は、戦死と報じられていたパーシャだった。 彼は変わりはて、今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。 ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ある日突然、彼はパルチザンの1隊にとらえられた。 妻に2人目の子供が生まれると知り、ラーラと別れる決心をした直後のことだ。 しかし彼は脱走し、ラーラのもとに帰ったが、2人の関係を知った妻が、子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。 今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラの前に、コマロフスキーが現れた。 彼は2人に危険がせまっていると再三話し、ついに身重のラーラをつれて極東に去った。 8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中でラーラを見かけ必死に追ったが、かねてわずらっていた心臓発作で倒れ亡くなる。 何年か過ぎた。 エフグラフはダムの建築現場で働く若い娘(リタ・トゥシンハム)に出会った。 彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。 彼は両親のことを話してきかせ、ジバゴの詩集を贈りこう言った。 「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。 彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。

次の