辻井 伸行 ショパン。 辻井伸行の海外の反応まとめ。日本人初優勝の実力。パリ公演で高い評価

辻井伸行のコンサートのすごさ。動画でみるショパンの実力と評価

辻井 伸行 ショパン

辻井いつ子 1960年、東京生まれ。 東京女学館短大卒業後、フリーのアナウンサーとして活躍。 長男・伸行が生後まもなく全盲とわかり、絶望と不安のなか、手探りで子育てをスタートするが、「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに、持ち前のポジティブさと行動力で伸行を育てる。 つねに子どもの可能性を信じ、よく見て、ほめる「親ばか」の子育てで、生後8ヵ月で伸行の音楽の才能を見つけ、プロのピアニストへと二人三脚で歩む。 現在は、自分の経験をもとに各地で公演活動を行う。 またTBSラジオ「ミキハウス presents 辻井いつ子の今日の風、なに色?」のパーソナリティも務める。 著書に、、(いずれもアスコム刊)がある。 net• 子育ての才能を引き出す子育ての法則 辻井いつ子 スポーツに限らず、子どもに眠る「秘めた才能」を見抜くのはなかなか難しい。 そうしたなかで、我が子の才能を見つけ、伸ばした親はどのような方法を取ったのだろうか。 ピアニスト辻井伸行さんの才能を幼い頃に見出し、二人三脚で世界的ピアニストに育て上げた術を母・辻井いつこさんにその秘訣を聞く。 人とのつながりが才能を育てる モスクワ音楽院教授のワレリー・カステルスキー先生との出会いは「猪突猛進」の結果でした。 ある日、新聞で「将来アーティストになりたい人のためのコンサートがモスクワで開催。 出場者募集中」という記事を読み、これはチャンスだと思いました。 すぐに新聞社に電話をかけて、記事を発信したモスクワ支局の番号を教えてもらいました。 それまで、モスクワに国際電話などかけたことはありませんでしたが、教えられたとおりにボタンを押し、電話口に出た人に「ジャパン、ジャパン!」と告げて何とか日本語が分かる人に代わってもらったのです。 そこからカステルスキー先生につながり、演奏会への出場が決定しました。 初めての海外遠征でしたが、満足のいく演奏ができ、カステルスキー先生からも「ノブユキは演奏がうまいだけでなく、音と心が美しい」とお褒めの言葉をいただきました。 その縁で出会ったのが、作曲家の三枝成彰先生です。 三枝先生はご自身が企画した数多くのコンサートに伸行を出演させてくださいました。 伸行が同世代のピアニストと大きく異なる点の一つは、若い頃からいくつものオーケストラとのコンチェルト(協奏曲)を経験してきたことです。 国際的なコンクールでは、ファイナリストには必ず課題曲として出されます。 三枝先生が多くの演奏会を経験させてくださったおかげで、伸行は大舞台でも「コンチェルトが楽しみ」とまで言うようになりました。 プレッシャーよりも成功体験のほうが勝っているのです。 多くの先生方にお世話になったなかでも、一番濃密な時間を過ごしたのが東京音楽大学の川上昌裕先生です。 東京音楽大学(ピアノ演奏家コース)と留学先のウィーン・コンセルヴァトリウム私立音楽大学を首席で卒業され、ご自身も国際大会で4位に入賞した実力のある方で、伸行が小学校に入学してから大学進学の時期まで、週2回のペースでレッスンをしていただきました。 伸行のピアノは、川上先生のご指導の賜物だと思っています。 そんな川上先生とともに臨んだのが、世界最高峰の一つ「ショパン国際ピアノ・コンクール」です。 生後8ヵ月で「英雄ポロネーズ」に夢中になった伸行にとって、ショパンは思い入れのある作曲家です。 昔から出場したがっていた憧れの舞台ではありましたが、いくつもの難題がありました。

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辻井伸行という盲目の天才ピアニストのご紹介【母と2人3脚で歩んだ世界への道】|クラシックなひと時

辻井 伸行 ショパン

2日の夜、夕食後に何気なくインターネットテレビ番組表を観ていると、同日のテレビ朝日放映の報道ステーションで「ショパンコンクールへの挑戦 17歳、全盲のピアニスト」なる特集があるではないか。 慌ててテレビのスイッチをつける。 既に時計は22時半近くになっており、もしかしたら特集は終わってしまったかもしれない、いや、きっとまだかもしれない。 テレビ欄では報道ステーション特集欄の後半に記されていたため、それに一筋の望みを託す。 「報道ステーション」といえば、あの古舘伊知郎氏の司会でお馴染みのテレビ朝日系の報道番組。 最近は、食事を終えると早々にテレビを消してしまい、ヘッドフォンで音楽を聴いていることが多いため、今日の特集に気付いたのは本当に偶然であった。 あの時、オンライン上でテレビ番組表を観なかったら、気付くこともなかっただろう。 そう、この特集の主人公は、今回のショパンコンクールに出場した17歳の若き全盲ピアニスト、辻井伸行氏である。 辻井氏は生まれつき全盲であるが、音に対する興味は人一倍。 4歳からピアノを習い始め、7歳では全日本盲学生音楽コンクールの器楽部門、ピアノの部にて第1位を受賞している他、国内で開催されている数々のコンクールで賞をとり、更にはオーケストラとの共演も数多く果たしている。 そしてこの秋、挑戦したのがあの第15回ショパン国際ピアノコンクールだったのである。 海外におけるコンクール出場はこれが初めてらしい。 番組では成田空港からワルシャワへ飛び立ち、予備予選にのぞむところから映像が流れる。 辻井氏の横で審査前の練習を見守るのは、彼のピアノの師でもあり、またピアニストでもある川上昌裕氏。 ホテルの一室でソナタ第3番やエチュードOp. 10-1を練習している風景が流れる。 辻井氏の母、いつ子さんは「ピアニストの憧れのコンクールにこうして来られたことが不思議で、まるで夢のよう」と語る。 ここまでくるのには、辻井氏本人の努力はもとより母親の協力や支えは必要不可欠であっただろう。 息子を「育てるというよりも、一緒に歩いてきた」という言葉はまさしく、親子二人三脚を意味する。 番組は彼の幼い頃の活躍を紹介、11歳での初リサイタル、12歳ではカーネギーホールで演奏、14歳では佐渡裕指揮京都市交響楽団との共演、16歳では東京交響楽団定期演奏会で演奏、16歳といえばちょうど昨年のことだ。 さて、映像は予備予選会場。 エチュードOp. 10-1を演奏する風景は堂々たるもの、演奏後のインタビューでは辻井氏の「やったーといった感じです」がとても可愛らしく感じた。 まだ純粋さが残る若い男の子なんだな、と。 更にはロビーにはりだされた予備予選の結果を前に喜ぶ姿は、多分この番組をみていた人もついつい拍手したくなったのではないだろうか。 全ての結果がわかっている現在なのに、何故かつい私まで「よっしゃー」と言ってしまったり。 そしていよいよ1次予選。 映像は辻井氏が演奏する「スケルツォ第2番 Op. 31」。 あぁ、ネット中継で観た興奮がよみがえる。 師である川上氏の言葉をナレーターが淡々と伝えるなか、今更ながらではあるが心に重くのしかかったのが、以下の言葉。 「楽譜をそのまま弾いただけではショパンにならない。 」 「伸行さんには17歳では考えられない1音1音にこめる表現力がある」 そう、彼の演奏をネットを介して聴いていても、音を丁寧に扱い、命を吹きこんでいるような印象が非常に強かったのだ。 そして無事、辻井氏は1次予選をクリアし、2次予選へ。 辻井氏は「今の17歳で出来る限りのことを精一杯やるだけで、それでいいです。 やるだけのことはやってきたから、もし、落ちても悔いはない」・・・と。 本番前のプレッシャー、不安、それは想像を絶するものだろう、でも既に辻井氏はそれを超えて、非常に穏やかであるように感じた。 今の17歳の自分の演奏に誇りをもっている、そんな姿だった。 映像は、2次予選の「アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ」のクライマックス。 演奏後の拍手はネット中継で聴いた時のほうが、ダイレクトに感じる大喝采だったのだが、会場から多くの「ブラボー」の声は今でも耳に残っている。 拍手はいつまでもなりやまず、異例の4回のカーテンコールだった。 残念ながら本選には進めなかったものの、ショパンコンクール音楽評論家賞を受賞。 「世界の人に感動を与えるピアニストになりたい」、若きピアニスト辻井伸行氏の願いの言葉で特集は締めくくられた。 でも、更に飛躍的に伸びる可能性がたっぷりあるピアニストではないだろうか。 2次予選全曲を聴いていたなかでは、「各音の純粋な響きと安定した技巧面が印象に残り、これに更なる音楽のふくよかさが出てくると、更に音の広がりが増しそう。 でも年齢と経験によって自然と身に付いていきそうだ」なんて、ふゆのほしメモが残されていた 笑。 今後の活躍が更に期待されるピアニストである。 今年の初めに購入した全音の「メトネル 忘れられた調べ」の楽譜の運指解説は川上氏であるし、また、メトネルのCDも数枚、世に出している。 メトネルの「回想ソナタ」が聴きたくて川上氏のCDを通販で買ったっけ。 今でもお気に入りの1枚であり、回想ソナタはmp3プレイヤーにしっかり格納されている。 08:アルペジオ練習。 09:各指を広げる運動 10:5指押さえながら他指の均一運動。 15:3指押さえながら他指の均一運動。 焦らず1音を確実に。 スフォルツァンドがないところまで強調しないように。 28 05, 16 05:弾きこみ段階。 ・・・のはずだが、前進したり後退したり。 もっと腕を楽にして弾かねば・・・ 16:今更言うのもなんだが、この曲はやはり難しい。 どうにも右指を鍛える練習と化しているが、今はそれに甘んじよう。 48-1 弾きこみ段階。 全体的にもう少し表情をつけよう。 中間部から後半へとつなぐオクターブ連打箇所も、熱くなりすぎず、そしてペダルが汚くならないように。 後半の3連符伴奏、細かな音ミスがチラチラと発生するが、弾きこんで綺麗に整頓していこう。 2 Op. 49 冒頭から154小節まで徹底練習続く。 納得いくまで次には進まない。

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TV特集:辻井伸行氏のショパンコンクールへの挑戦(報道ステーションにて)

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2日の夜、夕食後に何気なくインターネットテレビ番組表を観ていると、同日のテレビ朝日放映の報道ステーションで「ショパンコンクールへの挑戦 17歳、全盲のピアニスト」なる特集があるではないか。 慌ててテレビのスイッチをつける。 既に時計は22時半近くになっており、もしかしたら特集は終わってしまったかもしれない、いや、きっとまだかもしれない。 テレビ欄では報道ステーション特集欄の後半に記されていたため、それに一筋の望みを託す。 「報道ステーション」といえば、あの古舘伊知郎氏の司会でお馴染みのテレビ朝日系の報道番組。 最近は、食事を終えると早々にテレビを消してしまい、ヘッドフォンで音楽を聴いていることが多いため、今日の特集に気付いたのは本当に偶然であった。 あの時、オンライン上でテレビ番組表を観なかったら、気付くこともなかっただろう。 そう、この特集の主人公は、今回のショパンコンクールに出場した17歳の若き全盲ピアニスト、辻井伸行氏である。 辻井氏は生まれつき全盲であるが、音に対する興味は人一倍。 4歳からピアノを習い始め、7歳では全日本盲学生音楽コンクールの器楽部門、ピアノの部にて第1位を受賞している他、国内で開催されている数々のコンクールで賞をとり、更にはオーケストラとの共演も数多く果たしている。 そしてこの秋、挑戦したのがあの第15回ショパン国際ピアノコンクールだったのである。 海外におけるコンクール出場はこれが初めてらしい。 番組では成田空港からワルシャワへ飛び立ち、予備予選にのぞむところから映像が流れる。 辻井氏の横で審査前の練習を見守るのは、彼のピアノの師でもあり、またピアニストでもある川上昌裕氏。 ホテルの一室でソナタ第3番やエチュードOp. 10-1を練習している風景が流れる。 辻井氏の母、いつ子さんは「ピアニストの憧れのコンクールにこうして来られたことが不思議で、まるで夢のよう」と語る。 ここまでくるのには、辻井氏本人の努力はもとより母親の協力や支えは必要不可欠であっただろう。 息子を「育てるというよりも、一緒に歩いてきた」という言葉はまさしく、親子二人三脚を意味する。 番組は彼の幼い頃の活躍を紹介、11歳での初リサイタル、12歳ではカーネギーホールで演奏、14歳では佐渡裕指揮京都市交響楽団との共演、16歳では東京交響楽団定期演奏会で演奏、16歳といえばちょうど昨年のことだ。 さて、映像は予備予選会場。 エチュードOp. 10-1を演奏する風景は堂々たるもの、演奏後のインタビューでは辻井氏の「やったーといった感じです」がとても可愛らしく感じた。 まだ純粋さが残る若い男の子なんだな、と。 更にはロビーにはりだされた予備予選の結果を前に喜ぶ姿は、多分この番組をみていた人もついつい拍手したくなったのではないだろうか。 全ての結果がわかっている現在なのに、何故かつい私まで「よっしゃー」と言ってしまったり。 そしていよいよ1次予選。 映像は辻井氏が演奏する「スケルツォ第2番 Op. 31」。 あぁ、ネット中継で観た興奮がよみがえる。 師である川上氏の言葉をナレーターが淡々と伝えるなか、今更ながらではあるが心に重くのしかかったのが、以下の言葉。 「楽譜をそのまま弾いただけではショパンにならない。 」 「伸行さんには17歳では考えられない1音1音にこめる表現力がある」 そう、彼の演奏をネットを介して聴いていても、音を丁寧に扱い、命を吹きこんでいるような印象が非常に強かったのだ。 そして無事、辻井氏は1次予選をクリアし、2次予選へ。 辻井氏は「今の17歳で出来る限りのことを精一杯やるだけで、それでいいです。 やるだけのことはやってきたから、もし、落ちても悔いはない」・・・と。 本番前のプレッシャー、不安、それは想像を絶するものだろう、でも既に辻井氏はそれを超えて、非常に穏やかであるように感じた。 今の17歳の自分の演奏に誇りをもっている、そんな姿だった。 映像は、2次予選の「アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ」のクライマックス。 演奏後の拍手はネット中継で聴いた時のほうが、ダイレクトに感じる大喝采だったのだが、会場から多くの「ブラボー」の声は今でも耳に残っている。 拍手はいつまでもなりやまず、異例の4回のカーテンコールだった。 残念ながら本選には進めなかったものの、ショパンコンクール音楽評論家賞を受賞。 「世界の人に感動を与えるピアニストになりたい」、若きピアニスト辻井伸行氏の願いの言葉で特集は締めくくられた。 でも、更に飛躍的に伸びる可能性がたっぷりあるピアニストではないだろうか。 2次予選全曲を聴いていたなかでは、「各音の純粋な響きと安定した技巧面が印象に残り、これに更なる音楽のふくよかさが出てくると、更に音の広がりが増しそう。 でも年齢と経験によって自然と身に付いていきそうだ」なんて、ふゆのほしメモが残されていた 笑。 今後の活躍が更に期待されるピアニストである。 今年の初めに購入した全音の「メトネル 忘れられた調べ」の楽譜の運指解説は川上氏であるし、また、メトネルのCDも数枚、世に出している。 メトネルの「回想ソナタ」が聴きたくて川上氏のCDを通販で買ったっけ。 今でもお気に入りの1枚であり、回想ソナタはmp3プレイヤーにしっかり格納されている。 08:アルペジオ練習。 09:各指を広げる運動 10:5指押さえながら他指の均一運動。 15:3指押さえながら他指の均一運動。 焦らず1音を確実に。 スフォルツァンドがないところまで強調しないように。 28 05, 16 05:弾きこみ段階。 ・・・のはずだが、前進したり後退したり。 もっと腕を楽にして弾かねば・・・ 16:今更言うのもなんだが、この曲はやはり難しい。 どうにも右指を鍛える練習と化しているが、今はそれに甘んじよう。 48-1 弾きこみ段階。 全体的にもう少し表情をつけよう。 中間部から後半へとつなぐオクターブ連打箇所も、熱くなりすぎず、そしてペダルが汚くならないように。 後半の3連符伴奏、細かな音ミスがチラチラと発生するが、弾きこんで綺麗に整頓していこう。 2 Op. 49 冒頭から154小節まで徹底練習続く。 納得いくまで次には進まない。

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