空と君との間には 歌詞。 空と君のあいだに 歌詞 中島みゆき ※ awards.dramadesk.org

空と君のあいだに 歌詞 中島みゆき ※ awards.dramadesk.org

空と君との間には 歌詞

「もしも君が泣いたら、僕は雨から君をかばうポプラの枝のように、君をそっと包むだろう。 ただ何も言わず、そっと」。 「君」とは親しい間柄だが、たぶん、「君」の恋愛対象からは外れているのだろう。 「君」は違う男の元へ行ってしまい、そいつに泣かされてしまう。 「あいつが酷い奴だっていうこと、君が泣くことになる前から知っていた。 だから引き止めたけれど、君は僕を振りはらって行ってしまった」。 「僕」の優しさは時に無力で、「君」を引き止めることすらできないのだ…。 いつまでもいつまでも愛している。 けれど「君」は「僕」に振り向いてはくれない。 「君」は悲しみに暮れ、泣き暮らしているのだろう。 なぜ「君」はそんなことになってしまったのか。 その男に騙されてしまった女。 そんな女をじっと見守っていた「僕」。 傷つくだけ傷ついて戻ってきた女は、すさんだ瞳をしている。 男に傷つけられた女の、哀れな姿。 この部分の「僕」の視点で描かれるのは、「君」という存在を媒介にした、女という生き物の哀れさだ。 いつの時代も、女はろくでもない男にひっかかり、そして泣かされる。 「僕」はそんな女を冷静に見ている。 男を憎むことで、いつまでも男に縛られている女を、縛られていてはだめだと諭している。 僕は何者? 「僕」というのは何者なのか。 ふつうに考えたら「君」に想いを寄せる、「君」に近しい男性ということになるだろう。 だが、こういう見方もできないだろうか。 男に騙された哀れな女性を見た中島みゆきの、何処にもやり場のない怒りを具現化したものなのではないだろうか、と。 空と君のあいだに降る冷たい雨。 雨に打たれる痛々しい女の姿は、悲しみに暮れるすべての女性たちなのだ。 この歌に自分の過去を重ね合わせる女性も、少なからずいるだろう。 そんな女性に必要なのが、「君」をやさしく見守る「僕」という視点なのだ。 TEXT:毛布.

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空と君のあいだに/ファイト!

空と君との間には 歌詞

「もしも君が泣いたら、僕は雨から君をかばうポプラの枝のように、君をそっと包むだろう。 ただ何も言わず、そっと」。 「君」とは親しい間柄だが、たぶん、「君」の恋愛対象からは外れているのだろう。 「君」は違う男の元へ行ってしまい、そいつに泣かされてしまう。 「あいつが酷い奴だっていうこと、君が泣くことになる前から知っていた。 だから引き止めたけれど、君は僕を振りはらって行ってしまった」。 「僕」の優しさは時に無力で、「君」を引き止めることすらできないのだ…。 いつまでもいつまでも愛している。 けれど「君」は「僕」に振り向いてはくれない。 「君」は悲しみに暮れ、泣き暮らしているのだろう。 なぜ「君」はそんなことになってしまったのか。 その男に騙されてしまった女。 そんな女をじっと見守っていた「僕」。 傷つくだけ傷ついて戻ってきた女は、すさんだ瞳をしている。 男に傷つけられた女の、哀れな姿。 この部分の「僕」の視点で描かれるのは、「君」という存在を媒介にした、女という生き物の哀れさだ。 いつの時代も、女はろくでもない男にひっかかり、そして泣かされる。 「僕」はそんな女を冷静に見ている。 男を憎むことで、いつまでも男に縛られている女を、縛られていてはだめだと諭している。 僕は何者? 「僕」というのは何者なのか。 ふつうに考えたら「君」に想いを寄せる、「君」に近しい男性ということになるだろう。 だが、こういう見方もできないだろうか。 男に騙された哀れな女性を見た中島みゆきの、何処にもやり場のない怒りを具現化したものなのではないだろうか、と。 空と君のあいだに降る冷たい雨。 雨に打たれる痛々しい女の姿は、悲しみに暮れるすべての女性たちなのだ。 この歌に自分の過去を重ね合わせる女性も、少なからずいるだろう。 そんな女性に必要なのが、「君」をやさしく見守る「僕」という視点なのだ。 TEXT:毛布.

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空と君の間

空と君との間には 歌詞

空と君のあいだに 空と君のあいだに 〜中島みゆき 94年発売の中島みゆきの歌です。 安達祐実の「同情するなら,金をくれ!」のセリフで一世を風靡した大ヒットドラマ「家なき子」の主題歌で,当時ドラマの影響もあって,けっこうヒットしていました。 「家なき子」はパート2もつくられ,パート2の主題歌も中島みゆきが担当していました。 実は「家なき子」は見たことがありません。 (パート1も2も。 )世間では,安達祐実の「同情するなら,金をくれ!」のセリフと内容のエグさで,かなり話題になっていたようですが…。 当時,中島みゆきが「お時間拝借」という番組を,土曜の夜11時からFMでやっており,私は「土曜の深夜のドライブ」(暴走ともいうが)をしながら,よく聴いていました。 この番組のオープニング,またはエンディングによくこの曲がかかっており,当時の感想は,中島みゆきにしては,普通の歌詞だなでした。 曲調は,完全なみゆき節ですね。 みゆき節といっても,83年発売の「予感」までと84年発売の「はじめまして」以後で,曲調をかなり変えてきました。 当然,この曲は後期の曲調の「みゆき節」です。 個人的には,後期の曲調は嫌いではないのですが,前期の曲調の方が好きです。 まぁ〜,この曲は,中島みゆきらしい普通の曲といったところでしょうか。 〈歌詞について〉 歌詞ですが,一見,普通の歌詞です。 歌詞をそのまま解釈してみると, 歌の主人公の「僕」は,「君」という女の子が好きなんでしょうね。 でも,この女の子にとっては「僕」は,単なる男友達の一人で,別に好きな人がいるのです。 でも,男運が悪いのか上手くいきません。 そんな「君」を見て,主人公の「僕」は優しく見守っている。 という内容でしょうか。 ただ,この解釈では釈然としない歌詞が出てきます。 それは何度もリフレインされる, 空と君とのあいだには今日も冷たい雨が降る 君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる という部分です。 他の部分は優しく見守ると姿勢なのに,ここだけは異質です。 ただ,「空と君とのあいだには今日も冷たい雨が降る」の部分は,どんなに「君」を思っても,二人の間には友人以上に進めない壁があると二人の現状を描いているのかもしれません。 「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」は,君を守るためには悪人でもなってやると単純に解釈しようと思えばできるのですが…。 で,先ほど紹介した「お時間拝借」で中島みゆきが言っていたこと。 「ここでの「僕」は,犬なんだよね。 」 つまり飼い犬が,飼い主の女の子に向けた歌だそうです。 なんでも,ドラマの内容と歌詞を合わせたようなことを言っていました。 確かに,犬の立場で考えれば,人間と犬ではどんなにがんばっても越えられない壁はありますよね。 また,「悪になる」の「悪」は,悪いことや悪人という意味ではなく,「励まし」,「手助け」,「守る」など,「自分ができることすべて」の象徴として「悪」を使ったのだと考えられるのですが。 さらに,曲名「空と君のあいだに」とサビの「空と君とのあいだには…」の違い。 違うのは「君」と「の」の間に「と」があるかないかの違いです。 ここにも「僕」が犬であることが隠されています。 歌詞の中のサビは,僕(犬)の立場で書いているので,「空と君と…」の「と」のあとには「僕(犬)」がきます。 でも,曲名では,「犬なのだから…」ということで切り捨てています。 つまり僕(犬)は存在していないのです。 ちょっと勝手な解釈かな? みなさんは,どう思いますか? 〜ちょっと紹介!〜 この歌詞に触発されて,「犬の視点で見たら,町はどんなふうに見えるのかな?」と思い,デジカメで撮ってみました。 もしよかったらご覧ください。

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