明日の夜空歌詞。 夜空のムコウ〜歌詞

「夜空ノムコウ」の歌詞の意味とは?~制作背景も興味深い名曲【SMAP】

明日の夜空歌詞

歌詞 君は星の見えない曇り夜空見上げて キミの能天気なところ 時々本気で腹立たしく思うよ 平気で一生とか言えるところも 平気で絶対とか言えるところも いつも未来の話ばっかするから つい、わたしも 何だか本当にずっと一緒に居られるんじゃないかって キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた これだけがただ、真実だと思うから 何度も何度も抱きしめるのは もういっそひとつになってしまいたいから 何度も何度も抱きしめるのは 離れてもぬくもり覚えていたいから 二人写った写真が欲しいと 素直に君に言えないのは 私、君に幼い女だと思われたくないから 今夜は眠れないよ キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた 君に恋をした あの瞬間 きっと本当の私見つけたの これだけがただ、真実なの 分かるでしょう? 作詞:宮崎朝子 歌詞考察 タイトルの『 曇り夜空は雨の予報』から考察していきます。 曇り空ではなく、 曇り夜空と表現していることから、 夜を強調したいという思いや 切なさが伝わってきます。 曇り空から雨が降る確立は高い、ほぼ確定と言えることもできるでしょう。 いつか訪れる 不幸な結末を示唆しているのでしょうか。 ただ、とても 響きの良い綺麗なタイトルですよね。 若くも大人に近づいた男女の恋が浮かび上がってくる。 そんなタイトル。 歌詞を詳しく見ていきましょう。 1番 君は星の見えない曇り夜空見上げて 聴き手によって「 君」の性別が変わり、自分の現状の恋や過去の恋に照らす。 まるで物語のような、 自分が当事者のような錯覚に陥ることが出来るのは SHISHAMOの楽曲の 魅力の一つであるのかもしれません。 ここでは恋人が曇り夜空を見上げている様子を隣で見ている自分。 タイトルの考察の時にも挙げましたが、やはり 曇り夜空を眺めているのは 先が不幸であることを示唆しているのではないでしょうか。 キミの能天気なところ 時々本気で腹立たしく思うよ 平気で一生とか言えるところも 平気で絶対とか言えるところも いつも未来の話ばっかするから つい、わたしも 何だか本当にずっと一緒に居られるんじゃないかって 恋人の性格に文句を垂れている場面。 一生なんて 絶対なんてことは この世に存在しない。 恋人が平気で「 一生、一緒ににいよう。 絶対に。 」と言う。 自分はそんなことは叶わないと分かっている様子を示しています。 このことから、進学、就職、転勤など理由は定かではありませんが、 二人にはいつか 別れが来てしまうのかもしれません。 そんな何も考えていないような素振りを見せる恋人に釣られて 「 本当にこのままずっと一緒に居られるのかもしれない」と思ってしまう。 そんなことはないのに。 もう離れ離れになることは分かっているのに。 だからこそ「 恋人の能天気」に 腹が立ちながらも、縋ってしまう。 キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた これだけがただ、真実だと思うから 恋人は明日を、 未来を考えている。 自分は今を、 現実を考えている。 そんな 対称な二人が描かれているサビのフレーズ。 明日なんてどうだっていい。 今二人で居られるこの現状があればいい。 それは 明日には離れ離れになってしまうかもしれないから。 自分は恋人の事をずっと考えていることが分かります。 本当に大切に思っているからこそ、 明日ではなく今を想う。 2番 何度も何度も抱きしめるのは もういっそひとつになってしまいたいから 何度も何度も抱きしめるのは 離れてもぬくもり覚えていたいから 愛しくも切ない フレーズですね。 ひとつになってしまいたいから、 いつ離れることになってもぬくもりを忘れたくないから、 何度も何度も抱きしめる。 それは今を大切にしている自分だから、 明日には離れ離れになってしまうかもしれないと考えているから。 ここでも叶わないことを願っていることが分かります。 「 ひとつになることは出来ない」「 離れると忘れてしまう」 ただ、それすらも分かっているからこその「 抱きしめる」という行為。 二人写った写真が欲しいと 素直に君に言えないのは 私、君に幼い女だと思われたくないから 今夜は眠れないよ 恋人に「 幼い女」だと思われたくないと思う自分。 それは自分のどこかにまだ 幼さがあることを実感している証拠でもあります。 それが コンプレックスになっているかもしれませんね。 本当は「 二人で写真を撮りたい」と言いたいのに言えない。 「 二人で写真を撮りたい」=「 幼い」と思ってしまう自分。 恋人にまだ本性を見せられていないという 自分の「 恥」や「 照れ」なども伝わってきます。 キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた 君に恋をした あの瞬間 きっと本当の私見つけたの これだけがただ、真実なの 分かるでしょう? 最後は SHISHAMOの謳うテーマの真髄。 それは至ってシンプル。 「 君に恋をした」「 その瞬間に本当の私を知った」 回りくどく、遠回りをしても、結局のところ 本質は変わらない。 二人でずっといつまでも一緒にいたい。

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平原綾香 明日 歌詞

明日の夜空歌詞

歌詞 君は星の見えない曇り夜空見上げて キミの能天気なところ 時々本気で腹立たしく思うよ 平気で一生とか言えるところも 平気で絶対とか言えるところも いつも未来の話ばっかするから つい、わたしも 何だか本当にずっと一緒に居られるんじゃないかって キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた これだけがただ、真実だと思うから 何度も何度も抱きしめるのは もういっそひとつになってしまいたいから 何度も何度も抱きしめるのは 離れてもぬくもり覚えていたいから 二人写った写真が欲しいと 素直に君に言えないのは 私、君に幼い女だと思われたくないから 今夜は眠れないよ キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた 君に恋をした あの瞬間 きっと本当の私見つけたの これだけがただ、真実なの 分かるでしょう? 作詞:宮崎朝子 歌詞考察 タイトルの『 曇り夜空は雨の予報』から考察していきます。 曇り空ではなく、 曇り夜空と表現していることから、 夜を強調したいという思いや 切なさが伝わってきます。 曇り空から雨が降る確立は高い、ほぼ確定と言えることもできるでしょう。 いつか訪れる 不幸な結末を示唆しているのでしょうか。 ただ、とても 響きの良い綺麗なタイトルですよね。 若くも大人に近づいた男女の恋が浮かび上がってくる。 そんなタイトル。 歌詞を詳しく見ていきましょう。 1番 君は星の見えない曇り夜空見上げて 聴き手によって「 君」の性別が変わり、自分の現状の恋や過去の恋に照らす。 まるで物語のような、 自分が当事者のような錯覚に陥ることが出来るのは SHISHAMOの楽曲の 魅力の一つであるのかもしれません。 ここでは恋人が曇り夜空を見上げている様子を隣で見ている自分。 タイトルの考察の時にも挙げましたが、やはり 曇り夜空を眺めているのは 先が不幸であることを示唆しているのではないでしょうか。 キミの能天気なところ 時々本気で腹立たしく思うよ 平気で一生とか言えるところも 平気で絶対とか言えるところも いつも未来の話ばっかするから つい、わたしも 何だか本当にずっと一緒に居られるんじゃないかって 恋人の性格に文句を垂れている場面。 一生なんて 絶対なんてことは この世に存在しない。 恋人が平気で「 一生、一緒ににいよう。 絶対に。 」と言う。 自分はそんなことは叶わないと分かっている様子を示しています。 このことから、進学、就職、転勤など理由は定かではありませんが、 二人にはいつか 別れが来てしまうのかもしれません。 そんな何も考えていないような素振りを見せる恋人に釣られて 「 本当にこのままずっと一緒に居られるのかもしれない」と思ってしまう。 そんなことはないのに。 もう離れ離れになることは分かっているのに。 だからこそ「 恋人の能天気」に 腹が立ちながらも、縋ってしまう。 キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた これだけがただ、真実だと思うから 恋人は明日を、 未来を考えている。 自分は今を、 現実を考えている。 そんな 対称な二人が描かれているサビのフレーズ。 明日なんてどうだっていい。 今二人で居られるこの現状があればいい。 それは 明日には離れ離れになってしまうかもしれないから。 自分は恋人の事をずっと考えていることが分かります。 本当に大切に思っているからこそ、 明日ではなく今を想う。 2番 何度も何度も抱きしめるのは もういっそひとつになってしまいたいから 何度も何度も抱きしめるのは 離れてもぬくもり覚えていたいから 愛しくも切ない フレーズですね。 ひとつになってしまいたいから、 いつ離れることになってもぬくもりを忘れたくないから、 何度も何度も抱きしめる。 それは今を大切にしている自分だから、 明日には離れ離れになってしまうかもしれないと考えているから。 ここでも叶わないことを願っていることが分かります。 「 ひとつになることは出来ない」「 離れると忘れてしまう」 ただ、それすらも分かっているからこその「 抱きしめる」という行為。 二人写った写真が欲しいと 素直に君に言えないのは 私、君に幼い女だと思われたくないから 今夜は眠れないよ 恋人に「 幼い女」だと思われたくないと思う自分。 それは自分のどこかにまだ 幼さがあることを実感している証拠でもあります。 それが コンプレックスになっているかもしれませんね。 本当は「 二人で写真を撮りたい」と言いたいのに言えない。 「 二人で写真を撮りたい」=「 幼い」と思ってしまう自分。 恋人にまだ本性を見せられていないという 自分の「 恥」や「 照れ」なども伝わってきます。 キミは星の見えない曇り夜空見上げて 明日は雨が降るのかな、なんて 私は明日なんてどうだってよかったから ただ繋いだ手と手 見つめてた 君に恋をした あの瞬間 きっと本当の私見つけたの これだけがただ、真実なの 分かるでしょう? 最後は SHISHAMOの謳うテーマの真髄。 それは至ってシンプル。 「 君に恋をした」「 その瞬間に本当の私を知った」 回りくどく、遠回りをしても、結局のところ 本質は変わらない。 二人でずっといつまでも一緒にいたい。

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夜空ノムコウ(SMAP)歌詞

明日の夜空歌詞

あれからぼくたちは何かを信じてこれたかなぁ・・・ 夜空のむこうには 明日がもう待っている SMAP結成10年目にして27枚目のシングル『 夜空ノムコウ』。 作詞は スガシカオ、作曲は川村結花。 前年にデビューしたスガシカオにとって2曲目の楽曲提供であった。 ため息が聞こえてきそうな「何かを信じてこれたかなぁ」というサビ。 それが過去を想起させる「あれから」というフレーズに続く。 誰からも親しまれる国民的アイドルというSMAPのイメージとのギャップに新鮮な驚きを覚えつつ、またたく間にミリオンヒットへの階段を駆け上がっていった。 スガシカオとSMAPの「平成」 誰かの声に気づき ぼくらは身をひそめた 公園のフェンス越しに夜の風が吹いた スガシカオによると『夜空ノムコウ』は、 浪人時代につきあっていた彼女との思い出がもとになっているという。 「ぼくら」というのはスガシカオと彼女のことだろう。 1966年生まれのスガシカオにとって20歳前後といえばちょうど平成になるタイミングと重なる。 世の中は好景気に浮かれているが数年後にはバブル崩壊が待ち受けている時期。 すぐ先にある嵐の予感が「公園のフェンス越し」という物理的な距離と「夜の風」によって暗示される。 浪人生だったスガシカオにとっては先の見えない不安と向き合う日々。 目の前にいる相手との関係もまたその例外ではなかったに違いない。 一方、光GENJIのバックで踊っていたメンバーによってSMAPが結成されたのは1988年。 アイドルブームが下降気味になりコンサートにお客さんも集まらないなか、地道な活動とチャレンジが実を結んでドラマもバラエティーもこなせる国民的アイドルとしてのポジションを確立しつつあった。 歌でも林田健司や山崎まさよしなど新しい世代のミュージシャンの作品を取り上げることで、他のアイドルと一線を画したアーティスト像を築き上げていく。 『夜空ノムコウ』の時代背景 歩き出すことさえも いちいちためらうくせに つまらない常識などつぶせると思ってた 君に話した言葉は どれだけ残っているの? ぼくの心のいちばん奥でから回りしつづける 『夜空ノムコウ』が多くの人にとって特別な曲になった理由のひとつに 当時の時代背景がある。 SMAPが国民的アイドルとなるまでの10年は日本社会にとっても激動の10年だった。 バブル崩壊による不良債権処理や業績悪化の影響で倒産が相次ぎ、リストラによって多くの人が一夜にして職を失った。 「平成」という言葉とは裏腹に生活を守るために誰もが必死になっていた時代。 一方で経済至上主義が崩壊し 価値観が多様化したのもこの時代である。 ダンスミュージックをお茶の間に持ち込んだ小室哲也プロデュースによる一連のヒット曲。 洋楽にルーツを持つ渋谷系やMr. Children、スピッツなどのバンドがリリースする作品群。 それらは歌謡曲と異なるJ-POPというジャンルを築き、CDの普及とともにミリオンセールスが次々と生まれた。 1997年のデビュー前にサラリーマンだったスガシカオは、バブル崩壊後の世相を間近に体験した一人である。 メジャーデビューアルバム『Clover』(オリコン週間10位)がヒットしたスガシカオにとって、1998年は先の見えない場所からようやく抜け出した時期だった。 国民的アイドルとしての地位を確立しつつあったSMAPとアーティストとしての一歩を踏み出したスガシカオ。 平成という時代に歩みを開始した両者の出会いはなかば必然でもあった。 過去から現在、未来へという視点 あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ・・・ 全てが思うほどうまくはいかないみたいだ このままどこまでも 日々は続いていくのかなぁ・・・ 雲のない星空がマドのむこうにつづいてる あれからぼくたちは何かを信じてこれたかなぁ・・・ 夜空のむこうには もう明日が待っている 聴き手に深い余韻を残す『夜空ノムコウ』。 その理由が感嘆調で繰り返されるサビだけでなく時代背景に由来していることは、歌詞に描かれるエピソードの 時系列によって効果的に示される。 「あれから」という言葉で示される現在、「夜空のむこう」に象徴される未来。 タイムスリップして語られる過去からふたたび現在へ。 過去から現在、という視点が同じベクトルで未来に向けられる。 せわしない日々を生き抜いてきた人々にとって決して押しつけがましくなく、そこはかとなく希望を暗示する巧みな構成だ。 「あのころの未来」が現在であること。 その一方であのころ見ていた未来とは違う場所に立っているという思い。 「全てが思うほどうまくはいかないみたいだ」というフレーズは、思い描いていた未来とのギャップを自覚する主人公の心境そのものだ。 それさえも受け入れながら未来へと向けられる視線。 冷たい冬の「夜の風」と対照的な「雲のない星空」が、その後の20年を示唆しているようである。 ふり返るためのリセットボタン バブル崩壊の余波がひと段落し、穏やかな日々を取り戻しはじめた1998年にリリースされた『夜空ノムコウ』。 この曲を聴いてどこかゆるされたような思いになるのは筆者だけではないだろう。 『夜空ノムコウ』を歌ったのが、バブルが崩壊しアイドル冬の時代に現れた5人組だったことに少なくない意味がある。 『夜空ノムコウ』によって初のミリオンセールスを記録し、文字どおり平成という時代を象徴する存在となったSMAP。 そのSMAPも2016年12月31日、役割を果たしたかのように静かにその活動を終えた。 時を同じくして2016年を最後に『夜空ノムコウ』を封印する(コラボをのぞく)ことを宣言したスガシカオ。 そこには深いリスペクトとともに、いつかまたこの曲が歌われる日が来ることを予期して、そのときに備えるようなニュアンスも感じられる。 それはまるで 過去をふり返るためのリセットボタンを残しておくかのようである。 いつかまた『夜空ノムコウ』が歌われるとき、「あのころの未来」に立った5人の目にはどんな明日が映っているだろうか。 TEXT:石河コウヘイ.

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