アンコール セブン。 ANGKOR7

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アンコール セブン

1992年の9月に外務省の文化交流部長から「すぐに来て欲しい」と電話がかかってきました。 内戦が終わりつつあったカンボジアで、国際協力による社会復興事業としてアンコール遺跡の修復を行いたいということでした。 ユネスコの日本信託基金が20数億円あったのでこれを使って大々的にやりたいということでした。 僕はその頃スリランカの調査をしていたけれど、カンボジアにはまだ行ったことはありませんでした。 アンコール遺跡が素晴らしいものだということは知っていましたが、当時日本からカンボジアへの直通便はまだなくて、入るまでに1週間もかかるような場所だったからです。 「行ったことがない」と外務省の人に伝えると「すぐに行ってくれ」と言われて、もう次の週にはカンボジアに行ってました。 公用パス出してもらって、外務省の人と二人で。 当時はPKOで派遣された民間警察の方が亡くなるなど、大変な時でした。 アンコール遺跡の救済事業は「アンコール遺跡国際調整会議」として日仏共同議長のもと、当時プノンペンに大使館を置いていた中国やインドなど30カ国が参加してはじまりました。 やっぱりカンボジアだから旧宗主国のフランスと協力しなければならないということでした。 事務局はユネスコが務めました。 フランスやユネスコは「日本に石造の文化遺産の修復はできるのか?」と言ってました。 日本の文化遺産はほとんど木造でしたから。 でも文化遺産の保存・修復において大事なことは、木造であるか石造であるかというよりも、きちんと科学的な調査をして、伝統的な技術を活かして修復することだと僕は考えていました。 科学的な調査で劣化・崩壊要因を解明して、修復は出来る限り伝統技術を活用してやっていく、それが木造であろうと石造であろうと文化財の保存・修復において重要なことです。 また、調査をしたら修復前の報告書を出す、修復のプロセスのデータを出して終わったらまた報告書を出す、これが絶対に必要です。 ところがこれをどこの国もやってくれませんでした。 議長国のフランスでさえやってくれないのです。 やっぱり30カ国も関係していると、プレステージ(国の威信)のためにやっているところも沢山あります。 何のためにやっているんだろうと国もありました。 日本は公共の修復事業においては報告書を出さないと予算がつけてもらえないからしっかりやります。 このシステムは素晴らしいですよ。 修復っていうのは一度やってしまうと後の人は内容が全くわからないものですから。 他の国はコンクリートを使ってアンコール遺跡の修復をおこなっていました。 フランスも自国ではけっして使わないはずなのに使っていました。 伝統的な技術で修復するのにたいして、コンクリートでは10分の1の費用で済みますので、予算の問題でそうしていたのかもしれません。 でも安くて頑丈にできるかもしれませんが、僕はコンクリートを使った修復は絶対にやりたくありませんでした。 伝統的な技術、オーセンティシティ(真正性)、これだけは死守しようと思ってこれまでやってきました。 カンボジアの伝統的な技術というのは、カンボジアの環境や地質や水脈の構造、風土の中から出てきているものです。 アンコール遺跡に使われている伝統的な技術では、雨季に水が入った後で、自然に蒸発する仕組みになっています。 僕はこれを「自然調和思想」と呼んでいます。 コンクリートで保存・修復をしてしまうと、伝統的な技術の根底にあった「自然調和思想」が失われてしまいます。 だからカンボジアでは伝統技術を保存するというのが重要です。 地球環境にたいする重要性を本当に理解していたら、アンコール遺跡を伝統的な技術で保存しなければならないということは理解できるはずです。 そういう価値感の上にできている最良のものですから。 アンコール・ワットは規模が壮大で明るい、インドにはないものがあるのは事実です。 それでもやはりインド的なものです。 しかし、バイヨンはどうしてああいうものができたか不思議です。 あれはカンボジアにある固有の創造力によってできたものです。 あと、すごく重々しいのに解放感をもっているというのが、アンコール遺跡の重要なところだと思います。 そういう要素がカンボジアにあるってことが、カンボジアのこれからをつくっていく上でとても重要です。

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2019年11月『アンコールの遺跡群』

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果物図鑑• アンコールの特徴 「アンコール」はアメリカ生まれの品種です。 1954年(昭和29年)にカリフォルニア大学のフロスト博士が、「キングマンダリン」と「地中海マンダリン」を交配して育成しました。 温州みかんのような形で重さは100~150gくらい。 果皮は赤みがかった橙色をしています。 種は多めですが、皮は手でむけて袋ごと食べられます。 アンコールは糖度が高くてやさしい酸味があり濃厚な味わい。 多汁で香りがよく、おいしくてもう一度食べたくなることから「アンコール」と名付けられたそうです。 「アンコールオレンジ」とも表記されます。 アンコールの選び方(見分け方) アンコールの赤みがかったオレンジをしているので、色づきがよく皮にツヤがあるものを選びましょう。 皮がしなびていたり、持ったときに軽く感じるものは、水分が抜けて食味が落ちていることがあるので避けます。 アンコールの食べ方 アンコールの皮ははみかんのように手でむくことができます。 また、じょうのう膜(薄皮)も薄く、袋ごと手軽に食べられます。 果汁が豊富で濃厚な甘酸っぱさを楽しむには生食がおすすめです。 果肉の色が濃いので、ゼリーやスムージーなどにしてもよいでしょう。 人気品種の親としても活躍 アンコールは単胚性(種子の中の胚の数が1つで交雑種子を得るのが容易)なので、親品種として交雑に利用しやすい特性があります。 食味がよくて人気の高い「せとか」や「津之輝(つのかがやき)」、「ひめのつき」なども「アンコール」の血を受け継いでいます。 アンコールの旬(出回り時期) アンコールの旬は3月頃で、そのままピークを迎えて5月頃まで出回ります。

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4/7(火) アンコールセブン

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海外旅行に東南アジアを選ぶ人は少なくないでしょう。 そんな東南アジアの観光地の中でも、カンボジアの世界遺産、アンコール・ワットは有名と言えます。 しかし、アンコール・ワットを代表とするアンコール遺跡は、世界遺産としての価値が損なわれつつある、危機遺産として登録された過去があります。 アンコール遺跡とはどのような世界遺産で、なぜ危機遺産に登録されてしまったのでしょうか。 世界遺産のアンコール遺跡とは アンコール遺跡は、カンボジアの北西部にある、9世紀から15世紀まで続いたクメール王朝時代の遺跡群です。 このクメール王朝は、現在のカンボジア王国の原型となったと言える文明です。 そのクメール王朝の首都だった場所が、アンコール遺跡なのです。 アンコール遺跡の中でも有名なのが、アンコール・ワットですが、 これはスーリヤヴァルマン2世が治めていた、12世紀の前半にヒンドゥー教の寺院として建設されます。 アンコール・ワットは、30年の歳月を費やして建設され、それから200年以上もクメール王朝は続きました。 しかし、アユタヤ王朝の侵攻によって、首都は陥落し、アンコール・ワットは放棄されてしまいます。 一時は忘れられてしまいますが、再発見後は回収と修復が行われ、1992年にはアンコール遺跡として世界遺産に登録されました。 現在でも観光地として知られ、多くの観光客が訪れる場所となっています。 アンコール遺跡の見所 カンボジアの歴史がつまったアンコール遺跡ですが、どのような見所があるのでしょうか。 アンコール・ワット 何と言っても、アンコール・ワットが一番の魅力でしょう。 遺跡の前には池があり、そこにアンコール・ワットが映ると絵画のような美しさを見せてくれます。 他にも王のみが入ることを許された第三回廊、天国と地獄が描かれた第一回廊の南側、インドの二大叙事詩が描かれる第一回廊の西側など、多くの見所があります。 ベンメリア まるで映画の中のような風景を見せてくれるのが、ベンメリアです。 ベンメリアは密林の中にある巨大遺跡で「天空の城ラピュタ」のモデルになったとも噂されています。 緑の中に忘れされたような遺跡たちが、神秘的な雰囲気を味合わせてくれるでしょう。 アンコール・トム アンコール・ワットの北に位置するのが、城砦都市遺跡のアンコール・トム。 神話を描いた石像が並ぶ橋、アンコール・トムの入り口となる大門、中心の寺院には「クメールの微笑み」と言われる巨大な観世音菩薩など、迫力があるものばかりです。 アンコール遺跡は危機遺産だった このように、魅力あふれるアンコール遺跡ですが、実は世界遺産に登録されたときから、その価値が失われる恐れがあると評価される、危機遺産でもありました。 アンコール遺跡が広く知られたのは19世紀の後半で、フランス人の冒険家、アンリ・ムーオ Henri Mouhot が世界に広めたことがきっかけでした。 その後、1887年からカンボジアはフランス領となり、遺跡は保存と修復が行われます。 しかし、1972年にカンボジア内戦が始まってしまいます。 遺跡は戦争によって、多くの傷を負うことになるのです。 中でも、アンコール・ワットは宗教施設でありながら、堀と城壁に囲まれるなど戦いの拠点として優れた構造になっていました。 そのため、拠点としても使われたことで、戦火を避けることはできず、砲弾の跡が残ることになってしまいます。 アンコール遺跡は、このような状況だったため、1992年に世界遺産に登録されますが、同時に危機遺産としても登録されることになりました。 こういった経緯によりアンコール遺跡は、その価値を失いつつありましたが、保護活動の意識が高まり、修復が行われます。 この修復には、フランスだけではなく日本も協力しました。 結果、2004年には危機遺産の登録が解除され、世界遺産として多くの人に愛される場所となっています。 人の活動は文化も破壊する アンコール遺跡は貴重な世界遺産ですが、人間の行動によっては失われていた恐れもある場所ではないでしょうか。 人間の過剰な活動は、このように文化を破壊してしまうかもしれません。 文化は人の心を豊かにする、人間にとってかけがえのないものです。 人間らしさを失わないためにも、このような文化はいつまでも守り続けるべきでしょう。 自然も文化も破壊してしまう人間は、いつか動植物や地球そのものを破壊してしまうかもしれません。 そのような事態にならないよう、私たちは過剰な欲求を持たず、周りへの配慮を忘れない生活を心がけましょう。

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