松原 のぶえ 蛍。 蛍 / 松原 のぶえ のギターコード譜

松原のぶえオフィシャルサイト

松原 のぶえ 蛍

松原のぶえオフィシャルサイト いつも松原のぶえへのご声援、誠にありがとうございます。 松原のぶえオフィシャルサイトでは、ライブスケジュールや新曲の紹介等を行っていきます。 松原のぶえカラオケ教室を行っています。 直接指導してもらえるチャンスです。 日時は電話にて御連絡ください。 今後とも、松原のぶえをよろしくお願いいたします。 ||||||| ||||| Copyright c nobue office Co. , Ltd. 2010 All Rights Reserved. 「松原のぶえオフィシャルホームページ」にて、有限会社のぶえオフィスが提供する情報、 画像等を、権利者の許可無く複製、ダウンロード、転用、販売等の 二次利用をすることを固く禁じます。

次の

松原のぶえ 演歌みち 歌詞

松原 のぶえ 蛍

松原のぶえオフィシャルサイト いつも松原のぶえへのご声援、誠にありがとうございます。 松原のぶえオフィシャルサイトでは、ライブスケジュールや新曲の紹介等を行っていきます。 松原のぶえカラオケ教室を行っています。 直接指導してもらえるチャンスです。 日時は電話にて御連絡ください。 今後とも、松原のぶえをよろしくお願いいたします。 ||||||| ||||| Copyright c nobue office Co. , Ltd. 2010 All Rights Reserved. 「松原のぶえオフィシャルホームページ」にて、有限会社のぶえオフィスが提供する情報、 画像等を、権利者の許可無く複製、ダウンロード、転用、販売等の 二次利用をすることを固く禁じます。

次の

松原のぶえ「蛍(ほたる)」の楽曲ページ|20180157|レコチョク

松原 のぶえ 蛍

ありがとうございます。 いつかは故郷の大分に帰る日が来るのだろうと思いながら、気がついたら40年。 きっと演歌を唄わせていただけたから、今も唄っていられるのかもしれませんね。 歌手になりたくて北島事務所に送ったデモテープには、『北の宿から』や『津軽海峡・冬景色』の他に、伊藤咲子さんの『乙女のワルツ』や山口百恵さんの歌も入れていました。 でも、当時は事務所の社長でもあった北島三郎さんが私の顔を見て、「きみは演歌がいいね」と。 その一声で演歌歌手としてデビューすることになりました。 そのうえで、「歳を重ねるにつれてしっくりくる歌になるから、今は背伸びして唄わなくていいよ」と。 レコーディングの時も「何回も唄うとクセがつくし、子どもらしさがなくなるから、3、4回唄ったらもういいよ」と言われたのにも驚きましたね。 初めての男歌だったので、男らしさをどう表現するかで、とてもナーバスになりました。 カラオケで男の人にも唄って欲しかったので、「意外にいいよ」という男性ファンの評判にホッとしましたね。 大月みやこさんが「私は普段、悲しい女を唄ってるから、酔った時には『男なら』を唄いたくなるのよね」と話してくださったのも、励みになりました。 それまでは持っている声を全部使い切る、という唄い方をしていたんですが、『蛍(ほたる)』は言葉を置いて唄うというか、「10の力を7とか8くらいにして」と言われ、引いて唄うことを学んだ曲です。 今でもコンサートで唄う時には、もっとああすればよかった、こう唄えばよかったと思いますね。 それが『演歌みち』を聴くと元気が出るという声が多くて、すぐに火が付いたんです。 今でも『演歌みち』のような人生の応援歌を唄って欲しいという声が届くんですよ。 だからかな、唄って欲しいといわれる歌ほど、唄うのが怖いんです。 当時よりうまく唄える自信がないんです。 今でもこの3曲をコンサートで唄う時には緊張で、心臓がドドドッと波打つんですから(笑) 以前、大先輩の島倉千代子さんに、「のぶえは自分でうまく唄えたと思えた日はある?」と聞かれたことがあって。 「ありません」と答えたら、「私もね、こんなに長くやっているのに一度も満足いく歌が唄えたことはないのよ。 だから、のぶえが満足いく歌を唄えないのは当たり前で、日々、理想に近いように完璧に唄えるように、ずっと勉強だと思うのよ」とアドバイスいただいたことを、今でも思い出しますね。 実は私、新沼謙治さんの大ファンなんです。 『嫁に来ないか』をテレビで見た時、「嫁に行きたーい」と思ったくらい大好きで(笑)だから新沼さんとデュエットできると知って楽しみにしていたのですが、レコーディングも別々、ジャケット写真の撮影も別々でガッカリ(笑) でもその後、『ふたりの大阪』もデュエットさせていただいて、ご飯やゴルフにも誘っていただけるようになりました。 20周年だし作詞してみないかとディレクターに勧められ、かっこいい詞を書いてみたいと挑戦したのが『蒼い月』。 処女作みたいなものなので、唄っていて恥ずかしい反面、気持ちよい部分もあり、それが忘れられなくて、今も唄っているところはありますね。 歌手生命の危機でした。 子どもの頃から腎臓は悪かったのですが、もう治ったものだと思いこんでいました。 そのため、気づいた時には「腎臓が2%しか動いてない。 今日、病院に来なかったら死んでたか、脳にダメージを受けていた」とお医者さんに言われて大ショック。 半年ほど薬で治療した後、透析を続けましたが、巡業先での透析がだんだん難しくなり、唄うこともあきらめかけていました。 そんな時、今の所属事務所の社長でもある弟が「松原のぶえから歌を取ったら何も残らないでしょう」と、腎臓を提供してくれて。 手術が成功して、また唄えるとわかった時には、本当にうれしかったですね。 振り返ると様々な歌を唄われて来ましたね。 そうですね。 この『BEST80songs』を聴くと、今の私の歌声と昔の歌声との違いも楽しんでもらえるかもしれませんね。 私自身のヒット曲や演歌のカバーだけでなく、ニューミュージックもカバーしているので、ぜひ聴いていただきたいですね。 文・構成:北井優子.

次の