イエスタデイ 髭 男 映画。 映画『イエスタデイ』感想(ネタバレ)…ビートルズ? 知らないですね : シネマンドレイク:映画感想&レビュー

映画『イエスタデイ』公式サイト

イエスタデイ 髭 男 映画

解説 「トレインスポッティング」「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル監督と「ラブ・アクチュアリー」の脚本家リチャード・カーティスがタッグを組み、「ザ・ビートルズ」の名曲の数々に乗せて描くコメディドラマ。 イギリスの小さな海辺の町で暮らすシンガーソングライターのジャックは、幼なじみの親友エリーから献身的に支えられているものの全く売れず、音楽で有名になる夢を諦めかけていた。 そんなある日、世界規模の瞬間的な停電が発生し、ジャックは交通事故で昏睡状態に陥ってしまう。 目を覚ますとそこは、史上最も有名なはずのバンド「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になっていた。 彼らの名曲を覚えているのは世界でただひとり、ジャックだけで……。 イギリスの人気テレビドラマ「イーストエンダーズ」のヒメーシュ・パテルが主演を務め、「マンマ・ミーア! ヒア・ウィ・ゴー」のリリー・ジェームズ、「ゴーストバスターズ」のケイト・マッキノンが共演。 シンガーソングライターのエド・シーランが本人役で出演する。 2019年製作/117分/G/イギリス 原題:Yesterday 配給:東宝東和 スタッフ・キャスト リチャード・カーティスといえば、「ラブ・アクチュアリー」でビートルズが効果的に響いたり、「アバウト・タイム」にはアビーロード絡みの削除シーンがあったのが懐かしい。 そこに投入されるのがダニー・ボイルという極北にある要素。 これは二人だからこそ挑むのを許された、映画史上類を見ない野心作だ。 序盤はボイルの縦横無尽の映像力がキマる。 大停電になるところや、主人公が戸惑いつつ状況を理解していくくだりなど、説明的な流れを軽快なテンポで描き切る点が素晴らしい。 スケールの大きな展開を上手くまとめあげるのも彼のお家芸。 一方、終盤に顔を出すのはカーティスの持ち味だ。 オリジナルとは何か。 先人たちに敬意を払いつつ、いかに新たな試みに挑んでいけるのか。 表現者ならではの葛藤が程よい熱量で発露する。 二人の持ち味が微塵も損なわれていないのが最高に嬉しい。 野心的な試みは見事に実り、爽やかな印象を持つ快作に仕上がった。 「ビートルズへのラブレター」を映画で表現するのに、バンドを伝記的に描くのでもなく、ミュージカル仕立てでもなく、熱烈なファンを通じて語るでもなく、「ビートルズが存在しない世界」を描いて実現させるという、その逆説的なアイデアが秀逸だ。 主演のヒメーシュ・パテルは知らなったが、哀愁を漂わせつつユーモラスな雰囲気も醸す表情がうまくはまっているし、自身で歌った歌も見事。 ビートルズの代表曲が劇中で多数演奏されていて、ファンにとっては歌詞もきちんと物語上の状況に一致している(歌詞に合うようにリチャード・カーティスが脚本を書いたというのが正確だが)のも嬉しい。 一例を挙げると、ジャックが車にはねられるシーンでは「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の有名なエンディングのオーケストラによるクライマックスが流れるが、同曲の歌詞にもちゃんと交通事故の話がある。 あと、ジョンのファン感涙必至のエピソード。 最高です。 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved. 「ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷」 C 2018 Danger House Holding Co. , LLC. All rights reserved. 「ANNA アナ」 C 2019 SUMMIT ENTERTAINMENT,LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 「ハリエット」 C 2019 Focus Features LLC.

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イエスタデイ (2019年の映画)

イエスタデイ 髭 男 映画

前説 スポンサーリンク Official髭男dism(以下、髭男)の藤原が「イエスタデイ」という歌で、「悪者は僕だけでいい」と歌っているが、とんでもない。 藤原のようなお方を<悪者>になんてさせられない。 藤原が<悪者>になるなら、俺が<悪者>になる!とダチョウ倶楽部よろしくなテンションで記事を書こうと思い、「イエスタデイ」を聴き始める俺。 悪者になるとしたら、とんでもないディス記事を書くしかないし、悪いところを見つけまくってボロカスに書いてやるぞと思ってこうして記事を書き始めているわけですけど、思いましたね。 これ、ディスるの、無理ですわ。 本編 Official髭男dismの「イエスタデイ」の話 この歌って「HELLO WORLD」のために書き下ろされたわけでしょ? で、その書き下ろし感を伝えるのが上手いよなーと思うんですよ。 だって、いきなりイントロで、秒針の音が聞こえてくるでしょ? 原作を知っている人なら、これだけでやろうとしていることがなんとなくわかる。 おまけに、歌詞で言わんとしていることも原作の内容を知っている方ならなんとなくわかる感じで。 ネタバレにはならんレベルで原作のワクワク度を上げていて、流石は髭男だわと思うのだ。 タイアップ作品としての仕上がりは完璧なわけです。 まあ、映画原作はかなりクリティカルな作品で、複雑な情報処理を要する作品だから、映画がどういう表現をするのかわからないので、まだ何とも言えない部分はあるんだけどね。 何が言いたいかというと、この作品はたぶん映画とにらめっこしながら語る方が良いと思うのである。 だけど、映画未公開だし原作と映画がどれほどリンクしているかわからんし、そもそもネタバレに触れるのも微妙だしということで、この記事ではそういうことは全て脇において、純粋に「イエスタデイ」の感想を書きたいなあと思うのだ。 サウンドの話 イントロを聴いただけで「あ、これは蔦谷好位置アレンジだな」と感じる、全体的にカラフルなサウンド。 特に打楽器の音使いが面白い。 イントロでは時計の秒針が打楽器の役割を果たしている。 この発想が面白い。 ドラムがいるバンドで、こういうアイデアを持ってきて、なおかつそれを完璧な形で取り入れちゃうところがすごい。 で、イントロは途中からバスドラムが入り、テンポよく4つ打ちでビートを刻んでいく。 イントロ最後では、バスドラムが深めの音を響かせる。 その音の余韻が続くなかで、藤原のボーカルが入り、Aメロへと突入していく。 打楽器の使い方が特に面白いなーと思ったのは、サビへの入り方なのだ。 日本のポップスってサビが重要なので、メロとサビをどのように接続させて、サビを盛り上げるのかが重要になる。 わりかしよくあるのが、サビ前に音を一旦止めて間を作り、ボーカルまたぎでサビに入った瞬間にバンドサウンドを炸裂させる、というやつ。 これをするとサビへのインパクトが強くなるので、わりとよくやりがちなのだが、「イエスタデイ」の一番のサビはそんな常識を打ち壊す。 なんと、イントロで出てきた時計の秒針の音が、Bメロからサビまたぎを担うのである。 この発想が面白いなーと思った。 これは「イエスタデイ」が「HELLO WORLD」の主題歌だからこそのアイデアだとは思うんだけれど、普通の楽曲にはないサビへのまたぎ方をすることで、サビのワクワク度を特別なものにしている。 2番に入ると、バンドサウンドと蔦谷アレンジが積極的にミックスされていき、よりカラフル度が増していく。 で、ここでも面白いのは、1番ではトリッキーにみせたBメロからサビの流れを、2番では思いのほかさらっと処理していること。 聞けばわかるけれど、2番では何のためもなくさらっと曲が進行していくのである。 まあ、髭男はシングル曲でもしっかりめに間奏を取るバンドなので、それ自体は珍しくはないんだけど。 (でも、今どきのバンドでここまでしっかりとイントロや間奏で尺を取るバンド自体は珍しい)(そのくせ、アウトロはほとんどなしですぱっと終わるのがまた面白い) 間奏は一旦置いといて、注目したいのはその後のサビ。 藤原のキーボードとボーカルだけになる部分のサビである。 最初はキーボードとボーカルだけになってしっとりした展開がされるわけだが、このあと、最初のサビ入りと同じように、時計の音とバスドラムが象徴的に登場するのだ。 この時計の音押しが実に面白いし、楽曲の大事なパートでは常に時計の音が登場するアレンジがもう面白い。 タイアップソングとしての匠を感じさせるアレンジである。 スポンサーリンク ボーカルの話 この歌は(というよりも、この歌も、だが)藤原の音域の凄さが際立っている。 Aメロの入りはそこまでkeyが高くないのに、同じAメロ内で、すでにファルセットを使っちゃうという流れ。 メロディーの高低差が激しい。 だってさ、Aメロでいきなりファルセット使ってしまうんだったら、サビの頃にはどうなってしまうんだよ?と思ってしまうのだ。 普通、Aメロよりもサビの方がメロディーは高くなりがちなことを考えると、この歌の主人公の未来よりも、藤原の喉の方が心配になる。 まあ、メロディーの行く末は聴いてもらったわかるとおりなんだけど、この歌ってパートのごとに音域が上がるというよりも、Aメロ・Bメロ・サビ、それぞれで低いところと高いところの差が激しくなっている。 そのため、口ずさみやすいのに、カラオケとかでは歌えないという、そういう摩訶不思議な楽曲になっている。 メロディーの高低差がジョットコースターなような楽曲の末尾に待っているのは、信じられないほど長い長いサビの最後の一音。 最後のフレーズとなる「虹の先へ」の「へ」の部分。 めっちゃ伸びやかに歌う藤原。 普通のボーカルなら、最後にあんなメロディーを歌ったらヘトヘトになるはずなのに、藤原は容赦ないメロディーを自分に用意する。 こんなことしたら、普通は(ライブではちゃんと歌えなくて)再現性に乏しくなるはずなのに、今の髭男ならこれも華麗に再現させるんだろうなーという予感しかないから、末恐ろしい。 あと、ボーカルの話をするならもうひとつあって、サビの「進め」というワードが象徴的だけど、サビの前半は「e」の音を統一して伸ばしている。 これが、また気持ち良い。 「世間体」「イエスタデイ」の部分も「せけんてぇ」と叫んでいて、「e」の音を強調しているし。 というか、この歌って、このメロディーに対しては、この音を伸ばすっていうのが統一的に固まっていて、「o」の音で伸ばされている部分は「o」の音で統一されていて、より藤原の伸びやかな声が印象的になっている。 悪者は僕だけでいい このフレーズのときだけ、後ろのサウンドが引っ込んでいて、ここだけは何が歌っているのか注目がいくようにアレンジされている。 きっと、このフレーズだけはみんなに聞きとってもらいたかったから、そういうアレンジにしたのかなーなんて思うんだけど、本当にこのフレーズは色んな意味で卑怯だよなーと思う。 しかも、ここのフレーズのときだけ、藤原は泣きそうな声で歌っている。 そこも色々と卑怯だよなーと思う。 気になるのが、この歌詞の真意であり、この歌に出てくる僕と君の関係性なのである。 曲を聞く限りでは、僕と君は恋仲のように感じる。 なのに、2人が一緒になることを選ぶのは、平穏な日々を捨てることを意味すると語られている。 イエスタデイは安穏な日々の象徴であり、そういう日々に「バイバイ」を宣言して「進め」と宣言するわけだけど、一体この2人の関係とは何なのかと素朴に疑問を感じるのだ。 この2人の恋愛は、不倫なのだろうか? ここから、駆け落ちでもしてしまうのだろうか? 真相は闇の中だが、とある記事で「Pretender」の歌詞を分析している記事があった。 その記事では「Pretender」の歌詞を同性愛的な読み方で分析していたので、もしかしたら「イエスタデイ」もそういう読み方を可能にする歌なのではないか?という想像してしまうのだ。 だってさ、恋愛なんて自由だと言いながら、世間からみて好意的に思われない恋愛なんてたくさんあるわけで。 同性愛や不倫に関わらず、世間が良しとしないマイノリティー側の恋愛はいくつもあるはずなのだ。 そんなことはないと思う人もいるかもしれないけれど、それは往々にして、マジョリティー側の論理である。 マジョリティー側にいると、どうしてもマイノリティー側の苦悩は見えない。 そして、この歌ももしかしたら、髭男だからこそ見える「マイノリティー」に思いを馳せた描き方をしているのではないか?という予感があるのだ。 まとめに替えて 髭男は着々とポップスターへの道を歩んでいる。 10月にリリースするメジャーファーストフルアルバム「Traveler」はきっとものすごく売れると思う(CDセールス的な数字はわからないが、サブスクなどを通じて、たくさんの人に末永く聴かれるアルバムになることは間違いないだろう) でも、髭男ってちょっと普通のポップスターは違う眼差しを持っている。 いわゆるポップスターは「みんな」に向かって歌い、「大衆」への羨望を強く意識する。 そのため、「みんな」に向かって歌えば歌うほど、どうしてもそこからはみ出すマイノリティーの存在はこぼれ落ちてしまう。 大衆が感動する恋愛ソングを歌うと、そこからはみ出す恋愛をしているものは「いないもの」として扱われることが、ほとんどだ。 でも、髭男はそんなマイノリティーも、きちんと想像の範疇に入れた歌を歌う。 「みんな」とか「大衆」ではなく、バラバラになった「個々」に対して、眼差しを向けるような、そういう類の歌を作る。 それほどまでに広い視野で「みんな」を見ているような気がするのだ。 (だからこそ、あれほど謙虚でいることができるのだろうとも思ったりする ポップスでそういう想像力を持って歌を歌っているといえば、星野源が頭に浮かんでくるんだけど(「恋」「Family Song」はまさしくマイノリティーに向けて書いた歌なのだから)、髭男も間違いなく同じ想像力のラインで言葉を紡いでいると思う。 こういう想像力を持ち得た曲を書いているからこそ、髭男は令和の音楽シーンで、ダントツの人気を誇るようになったのだと思う。 ポップスでありながらマイノリティーを意識して、「みんな」ではなく、バラバラになった個々に向かって、それぞれの立場の人に、それぞれの然るべき感動が届くような言葉を紡いでいる。 そんな気がするのだ。 そして「イエスタデイ」でも、そんな予感がしたというのがこの話のまとめであり、そんな想像力を持った髭男が、今「アルバム」というパッケージで何を描くことになるのか? それが、今はただただ楽しみなのだという、そういう話。 関連記事: 関連記事: スポンサーリンク.

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イエスタデイ : 作品情報

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イエスタデイ あらすじ イギリスの小さな海辺の町で暮らすシンガーソングライターのジャックは、幼なじみの親友エリーが励ましてくれるものの全く売れず、音楽で有名になる夢を諦めかけていた。 そんなある日、世界規模の瞬間的な停電が発生し、ジャックは交通事故で昏睡状態に陥ってしまう。 目を覚ますとそこは、あの有名な伝説的バンド「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になっていた。 どれも甲乙つけがたいですね。 みんな最高の音楽を生み出した人たちばかりです。 え、 「ザ・ビートルズ」って? なんですか、それ。 『ビートルジュース』なら知ってるけど…。 いいですよね、あの映画、カオスで。 はい? 違う? 20世紀を代表するアーティストだろうって言われても…。 うるさいなぁ。 そんなバンド、記憶にございません!(どこかの総理風に) ジョン・レノン? ポール・マッカートニー? ジョージ・ハリスン? リンゴ・スター? う~ん、そんなミュージシャン、やっぱり聞いたことがないです。 ジョン・レノンは日本が大好きな人だったって? 別に日本が好きな外国人くらい普通にいるでしょう。 え、日本人の女性と結婚したの? 妻のオノ・ヨーコも有名だって? …からかっているんですか? 名曲だらけとか言われても。 「Strawberry Fields Forever」「A Day In The Life」「I Want To Hold Your Hand」「Here Comes The Sun」…ちょっと待って、そんなに羅列されても困ります。 まあ、私はイマイチ納得いっていませんが、その、なんでしたっけ、ビートルズ?を題材にした映画があるらしいです。 それが本作 『イエスタデイ』。 なんでも物語の概要は、ある日、突然 「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になってしまい、その曲もメンバーも誰も知らない中で「ザ・ビートルズ」の存在を覚えている男が、彼らの楽曲を演奏して有名になっていくというSF要素ありのドラマとのこと。 「ザ・ビートルズ」がフィクションではなく実在するのだとしたら(念押し)、こんな状況になったらさぞかしその男も混乱するでしょうね。 でも、私だって困惑していますよ。 いきなり知りもしないバンドが世界的に有名なんだと告げられてもね。 この映画だってどう認識すればいいのやら…。 「007」シリーズの最新作を監督することになるも、あえなく降板したことで話題を最近は集めました。 『ラブ・アクチュアリー』や『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』の監督&脚本で有名で、『アバウト・タイム』なんてまさにSF要素ありですから、『イエスタデイ』に通じるものがあります。 実際に本作も実質はラブコメが主軸になっているそうで…。 今回もやっぱり王道感のあるヒロイン役です。 どうですか。 …う~ん、いや、しつこいですけど、本当に「ザ・ビートルズ」なんていたんですか? 勝手に妄想で話をでっちあげているだけじゃないかという疑惑は全然消えていないですけど。 この『イエスタデイ』を鑑賞すればわかるのかな…。 私の感想前半、何だったんだって思った方、お目汚し失礼いたしました。 でもそういう映画なんだからしょうがない(開き直り)。 でも思うわけです、この『イエスタデイ』。 本当に「ザ・ビートルズ」を全く知らない人が鑑賞したらどう思うのだろう、と。 いや、そんな人がいるはずない…と思いたいところですが、でも今のご時世、どういう人間がいるかわかりませんし、若い人の中には一切「ザ・ビートルズ」に触れていない人も普通にいるのではないでしょうか。 そして、 この映画は「ザ・ビートルズ」に対する共通理解がないと結構成り立たない展開も多々あり、無知識ならばかなり印象が変わるはず。 う~ん、気になるなぁ、ぜひ身近に「ザ・ビートルズ」を知らない人がいたら一緒に映画館に引っ張ってあげてみてください。 感想が聞きたいです。 そして映画自体はまさに 究極の「え、それ知らないの!?」ムービー。 ビートルズのファンならばモヤモヤするのも無理ない大胆な設定ですけど、ストーリーは意外にシンプル。 主人公が、認知が消えたビートルズの曲を自分の曲として披露することに対する、バレるかバレないかのサスペンスと、 そんなことをしていいのかという心理的葛藤。 加えてヒロインとの割とオーソドックスなラブストーリーが平行する…。 一般ウケはしやすい入り口の低さです。 物語の中心にいるのは、売れないシンガーソングライターの ジャック・マリック。 あちこちでギター弾き語りするも大して話題になることなく、スーパーマーケットの店員として地味に働くだけの日々。 もう年も年だし、音楽で有名になるなんて無理だ…そう夢を諦めていました。 そんな彼を献身的に支えているのはマネージャーにもなってくれている幼馴染の エリー。 そんな中、ある夜、12秒間、世界規模で 謎の大停電が発生します。 地球真っ暗です。 この時点で大災害じゃないかって昨今の日本の大規模停電騒ぎを見ているゆえに思うのですが、そこはスルーで。 ジャックはバイクで帰宅中だったために突然の暗闇で事故を起こしてしまい、そのまま気絶。 目を覚ますとそこは病院のベッド。 どうやら一命はとりとめ、 前歯が2本失っただけで済んだようです。 もちろんこの前歯欠損は実際にポール・マッカートニーがバイク事故で同様の目に遭ったことに由来しています。 そして無事退院。 エリーやロッキーといった友人たちの前で外の空気を吸っていると、ギターをプレゼントしてくれます。 さっそく何か弾いてみてと言われ、流れで思いつくままにビートルズの 「Yesterday」を演奏し歌唱。 するとなぜか神妙にそれを聴く一同。 弾き終わると「美しい」と驚愕し、まるでこの曲がジャックのオリジナルであるかのように振る舞います。 意味が分からないジャックは「ビートルズの曲だろう」と当たり前のことを言いますが、 「ビートルズ? 昆虫?」とボケでも言わないことを口にし、全く通じません。 急いで家に帰宅すると、パソコンで 「Beatles」とGoogle検索。 何度やっても頑なに昆虫が表示され、ますます困惑。 そして、部屋にあるはずの自身のレコードコレクションにもビートルズのレコードだけが消えていることを確認。 ここで悟るジャック。 あの停電の日、ビートルズの存在していない世界へ来てしまったのだ、と。 ビートルズどころじゃない天変地異 『イエスタデイ』は「ザ・ビートルズ」が存在しない世界というパラレルワールドが根底にあり、正直、その SFの部分に関しては諸々のツッコみどころだらけです。 ジャックは結局ビートルズの曲を歌うことで世界的なスターとして成功していくわけですが、 そんなに上手くいくはずないだろうとは誰もが思うはず。 それは例えば、私が「SMAP」のいない世界に迷いこんだとしても「SMAP」になれるわけないのと同じ。 ビートルズのあの絶大な人気も単に歌だけが支持の理由でありません。 ルックス、言動、性格…キャラクター性込みでの総合評価の賜物。 ビートルズに前例などないと言われたように、あらゆる意味で革新的でした。 4人グループと ひとりで歌うのとでも音楽性がガラッと変わってきます。 当の本人たちが「エルヴィス・プレスリーと違って僕らは4人で分かち合えた」と発言し、自分たちのアイデンティティを説明しているくらいですから。 また 時代性の観点も重要です。 ジャックが一世を風靡するのは現代。 でも本物のビートルズは当然もっと昔です。 その時代だからこそ話題になれたのも大きいです。 若者の新しい代弁者となり、スター性を発揮できる。 「人種差別、そんなのバカげているでしょ?」と当時も平気で言えてしまう。 まさにビートルズは時代を変えたイノベーターでもありました。 そう考えるとジャックには悪いですが、ジャックは歌をマネできても スターになれる素質があるとは正直思いません。 おそらく仮に現代にビートルズ本人がタイムスリップしてきて歌ってもそこまで人気を博さない気さえします。 でも『イエスタデイ』はそのへんも込みで考えられていて、歌詞の意味も知らない、勝手に歌詞を変えようとする他人に四苦八苦するなどの経験をしながら、ジャックが必死に 自分の知っているあの「ザ・ビートルズ」を復活させようとしている。 自分にしかできないゆえに…。 その苦悩に繋げています。 一方、もうひとつの根本的なSF上の問題は、ビートルズがいないなら もっと影響が他に及ぶだろうということですね。 影響を受けた他のミュージシャンはどうなるんだとか、考え出すとキリがないです。 しかも、この世界、ビートルズの他に、 「コーラ」「タバコ」「ハリー・ポッター」までないことが判明。 コカ・コーラとタバコは経済や人口そのものを変えうるだろうし、「ハリー・ポッター」がなくなればワーナー・ブラザースが潰れるんじゃないかとか思っちゃうのですが…。 天変地異ですよ。 ちなみに完成版には採用されなかったことでは、エリーだけが「ハリー・ポッター」を知っているとわかるシーンを入れる案もあったみたいです。 とくに「ザ・ビートルズ」が存在せず、よりによってその曲で有名になるという、いわばパクリ便乗みたいなことをする主人公へのファンが感じるであろう嫌悪感。 それこそあのシーン。 それまで喉に小骨が引っかかるように不快感のあったビートルズ・ファンでもあの場面でならば 号泣するだろうというあの人の登場。 ネタバレしてしまいますが、 ジョン・レノンはこの世界では生きていた!というアレです。 知らない人のために説明すると、現実のジョン・レノンは40歳だった1980年に自宅アパートの前でマーク・チャップマンというひとりの男に銃殺されてしまう悲劇的な最期を遂げます。 でも 『イエスタデイ』のジョン・レノンは78歳で、歌手ではないけども家族と幸せに暮らす老人になっている。 こんなの、ねぇ。 私はそこまで熱心なファンじゃないですけども、でも胸が熱くなる…。 まあ、詳細は言えないけど『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』方式と同類なわけです。 しかし、『イエスタデイ』の場合はキャリアと死が天秤になっているので、かなり無理があるというか、わざとらしいのですが、そこはやっぱり飲み込みにくいですけど…。 でもこうしてあげたいという製作陣の気持ちはよくわかる。 「ラブレター」というか、「願い」ですよね。 映画の魔法に頼りたくなるものです。 最終的にはジャックは真実を告白して楽曲をフリーでダウンロードできるようにするのも、 「みんなのものだよね」精神として評価はしたくなる。 ちなみに本作は歌の権利を得るためにものすごく高くついたそうです(ビートルズ・メンバーは製作に関与していません)。 突然のラブコメ全開な甘々なエンディング(&やけに優しい世間)に対しては言いたいところはありますが、エリーも「ビートルズ・ファンの女性がビートルズ・メンバーと結婚できるのか」という問題をもっと問うような踏み込みをすると面白かったかもしれないけど、ないものねだりになるだけか…。 それにしてもこんな映画を観たら考えてしまいますね。 ある日、有名ミュージシャンが 「これ、自分の曲じゃない。 実はみんな忘れているけどあの人の曲なんだ」とか発表しだしたらどうなるんだろうとか。 これぞSF脳。 もし「ザ・ビートルズ」についてさらに知りたいという人がいたら、幸いなことにドキュメンタリーが豊富にあるので活用してください。 ロン・ハワード監督による 『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK The Touring Years』とかはオススメです。 ビートルズの音楽だけでなく、彼らが社会に与えた影響もわかりますし、日本の右翼に狙われ、過激なキリスト教信者に狙われの彼らの軌跡は興味深いですから。

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