れいわ元年は平成何年何月。 令和

令和元年(1年)はいつから始まるの?令和2年は西暦何年?

れいわ元年は平成何年何月

もくじ• 令和元年 1年 はいつから始まる? 新元号の「令和(れいわ)」が2019年4月1日に発表となりました。 この新元号の始まりである令和元年 1年 はいつから始まるのか、きちんと知っておかなくてはなりません。 2019年4月1日では発表があっただけで、実際の施行日は皇太子さまが新天皇に即位される2019年5月1日 水 となります。 その5月1日の午前0時に元号が切り替わります。 そして、この日は祝日となってGWの連休の一角を担う日となりました。 つまり• 平成31年:2019年4月30日 火• 令和元年:2019年5月1日 水 このようになります。 つまり2019年は平成と令和の2つの元号が存在する年となるわけです。 これは昭和から平成に変わった時も同様で、• 1988年 昭和63年• 1990年 平成2年 このようになっていました。

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今日は平成何年?

れいわ元年は平成何年何月

時代を感じさせるシーンだ。 6月19日のプロ野球開幕は、いろいろな意味で歴史的だった。 もちろん新型コロナ禍という未曽有の災難の中での開幕という意味が大きい。 そして、2020年代の開幕戦でもある。 さらに言えば「令和最初の開幕戦」でもあったのだ。 今年は令和2年だ。 すでに昨年、令和の時代は始まっている。 しかし、昨年のプロ野球開幕日だった3月29日はまだ平成31年だった。 シーズン途中の5月1日に令和はスタートした。 だから、今年の開幕戦は「令和最初の開幕戦」なのだ。 こじつけと思われるかもしれないが、何にせよ「歴史的」な開幕戦なのだ。 せっかくなので、歴史を振り返ろう。 31年前、「平成最初の開幕戦」は、どんな選手が活躍したのか? 平成元年は3試合が雨天中止……。 平成元年の開幕日は1989年4月8日土曜日、セ・パ両リーグが同時に開幕した。 6カードが組まれたが、この日は天候が良くなく、中日vs. 大洋、西武vs. ロッテ、近鉄vs. オリックスの3カードが雨天中止になった。 中日はナゴヤドームはまだなくナゴヤ球場、西武球場にはまだ屋根がついていなかった。 そして近鉄も大阪ドーム(現京セラドーム)ではなく、藤井寺球場だった。 一方で巨人vs. ヤクルトが東京ドームで午後1時から、広島vs. 阪神が広島市民球場で午後2時から、そして同じ東京ドームで午後7時から日本ハムvs. ダイエーが行われている。 同じ球場で、開幕戦が1日2試合行われたのは、前年誕生した東京ドームを巨人と日本ハムが本拠地にしていたからだ。 これは今では考えられない。 開幕戦をハシゴした野球好きはいたのだろうか? 平成初HRは原辰徳の通算250号! 開始時刻の関係で「平成最初」の記録のほとんどは、巨人vs. ヤクルト戦から出ている。 平成最初のホームランは1回裏、三塁走者に中畑清を置いて、4番、現巨人軍監督の原辰徳が左翼席に打ち込んだ一発だった。 打たれたのはヤクルトの開幕投手・尾花高夫。 原にとってはこれが通算250本塁打の節目だった。 なお原は3回にも2打席連続本塁打を放ち。 巨人は6-2で快勝。 翌日のスポーツ紙には、2本塁打の活躍を見せた原辰徳の写真がでかでかと載っている。 30歳の原は平成最初のヒーローになったのだ。 なお当時の巨人の監督は藤田元司。 ヤクルトは先日亡くなった関根潤三だった。 ヤクルトの先頭打者は現日本ハム監督の栗山英樹だ。 勝利投手は、2年連続開幕投手だった桑田真澄。 1週間前に21歳になったばかり。 なお平成最初の安打は、1回表に桑田から左に二塁打を打ったヤクルトの桜井伸一だった。 平成最初のセーブはこの日は出ず、翌4月9日の中日vs. 大洋戦で大洋の中山裕章が最初のセーブを挙げている。 平成最初の開幕日は、原辰徳の2発だけでなく、広島、高橋慶彦の開幕戦先頭打者ホームラン、阪神の新外国人セシル・フィルダーの逆転3ラン、さらに日本ハム新人・中島輝士のサヨナラ2ランと派手な一発が乱れ飛んだ。 ダイエーホークスは、前年までの南海ホークスから名称変更した。 大阪から福岡へ移った新チームの開幕戦は黒星。 初勝利は4月10日の第3戦まで待たなければならなかった。 なおスポーツ紙には「ダイエー、開店記念白星進呈セール」とうまいこと書かれていた。 令和の第1号HRは坂本勇人だった。 令和最初の開幕戦は今年だが、令和最初の試合は、昨年5月1日に行われている。 令和最初の安打は横浜スタジアムで午後2時から始まったDeNAvs. ヤクルト戦で、1回表にヤクルト太田賢吾が、DeNA大貫晋一から打った中前打である。 ホームランは東京ドームで同じく午後2時から始まった巨人vs. 中日戦で2回裏に巨人・坂本勇人が中日・山井大介から左中間に打ったソロホームラン。 初勝利はこの巨人vs. 中日戦で完投勝利を飾った巨人・菅野智之だった。 初セーブは翌5月2日のヤフオクドーム、ソフトバンクvs. 楽天戦でソフトバンクの森唯斗が記録した。 では2020年開幕戦の初記録は? さて「令和最初の開幕戦」はどうなったのか。 セ・パ両リーグの6カードがすべて18時試合開始とタイミングを合わせた。 しかし梅雨前線が停滞しているため、横浜スタジアムのDeNAvs. 広島は開始が遅延。 同じく屋外の神宮球場でのヤクルトvs. 中日戦は、雨が降る中予定通りプレーボール。 先行中日は1回二死からヤクルト石川雅規の4球目を中日3番アルモンテが左前に運ぶ。 これが令和の開幕戦初安打となった。 その直後に京セラドーム大阪のオリックスvs. 楽天戦で、楽天4番の浅村栄斗がオリックス山岡泰輔から左前打を打つも、わずかの差でアルモンテが早かった。 中日はアルモンテを一塁に置いて、4番ビシエドが石川の2球目を無人の右翼席に運んだ。 令和最初の開幕戦の本塁打も中日の外国人選手。 ヤクルトはその裏に山田哲人の2ランが出る。 雨脚が強くなって5回までに中止になれば、試合は成立せず、両チームの投打成績は無効になる。 そうなると楽天・浅村の安打が「シーズン初安打」に繰り上がることになる。 気をもませる展開だ。 初安打アルモンテ、初本塁打ビシエド。 約30分遅れで横浜スタジアムのDeNAvs. 広島戦もプレーボール。 東京ドームでは快投を続けていた巨人の開幕投手・菅野智之が3回表2死から、何と投手の西勇輝に左越え本塁打を打たれた。 パ・リーグが長かった西勇輝だが、阪神に移籍した昨年は44打数9安打、打率. 205と投手としては好成績を残している。 しかし本塁打はプロ初。 神宮球場の天候次第では、投手の西勇輝が「令和最初の開幕戦」第1号となるところだった。 しかし今年の過密なスケジュールを考えれば、審判団は豪雨にならない限り、中止は宣言しないだろう。 午後8時5分、ヤクルトvs. 中日戦の5回が終了し試合が成立。 令和最初の開幕戦、初安打は中日のアルモンテ、初本塁打も中日のビシエドで決まった。 定規で線を引いたような雨が降っているが、試合は続いた。 西勇輝、まさかの打率10割1HR2打点。 阪神の西勇輝は第2打席も菅野智之から左中間にタイムリー二塁打を放つ。 2打数2安打1本塁打2打点、打率10割。 この時点だと打率、安打、本塁打、打点でセ・リーグトップタイになってしまう珍事が発生した。 西勇輝は1点リードの6回までで降板。 しかし7回、代わった岩崎優から巨人1番・吉川尚輝が逆転2ラン。 西勇輝の勝利は消えて「投打、究極のいいことづくめ開幕戦」は夢に終わる。 今日の試合前の時点で、999安打だった選手が2人いた。 今季から楽天の鈴木大地と日本ハムの西川遥輝だ。 京セラドーム大阪のオリックスvs. 楽天戦。 8回表に鈴木が2点タイムリーを打って先に大台到達。 西川遥輝はこの日無安打。 大台突破はお預けとなった。 初勝利ニール、初セーブは増田。 後は勝利投手だ。 パ・リーグの3試合はテンポよく進んだ。 メットライフドームの西武vs. 日本ハム戦は西武の3-0で最終回に。 西武はクローザーの増田達至がマウンドへ。 午後8時50分、中田翔、王柏融、渡邉諒を簡単にしとめて、一番早い勝利を挙げた。 令和最初の開幕戦、初めての勝利は西武の先発ザック・ニール、昨年から12連勝。 負けない投手の面目躍如となった。 なお初セーブは増田だった。 続いて8時54分に巨人が3-2で阪神を振り切って、菅野智之に勝ち星が付いた。 球団通算6000勝だ。 9時30分には、広島が5-1でDeNAを下す。 9回には投手の大瀬良が2ラン本塁打。 こちらも西勇輝と同じくプロ入り初。 大瀬良が9回に粘られたが今季両リーグ初完投。 大瀬良はこの日、タイムリーも打って3打点を挙げた。 昨年は投手のホームランは0本だったのに、開幕戦だけで2本。 やっぱり今シーズンは「非常時」なのだろうか? 延長10回だから先発降板が早め? 6試合をザッピングしながら思ったのは、先発の降板が早めということ。 各球団のエース級が投げる開幕戦。 好投すれば指揮官は完投を狙わせるものだが、この日は広島の大瀬良が完投したものの、巨人の菅野が7回で降りるなど、他の球団は早めに継投に入っていた。 厳しいスケジュールを考え先発を温存したのだろう。 延長戦が10回打ち切りであり、救援投手に比較的余裕があることも影響しているかもしれない。 開幕日だけで、いろいろなことが見えてくる。 観客がいなくても、やっぱりプロ野球は面白い。

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西暦年齢と令和平成昭和大正一覧

れいわ元年は平成何年何月

平成っていつから始まった? 20世紀から21世紀になる転換期となった平成。 一体いつから始まったのか・・・ そして最後の日はいつになるか、あらかじめ把握しておきましょう。 平成は 西暦1989年1月8日より始まりました。 世紀末が近くなった時期に平成へと元号が変わり、平成12年で20世紀最後の年となる西暦2000年を迎えました。 その後、世紀をまたにかける形で平成は続いていきましたが、 西暦2019年4月30日をもって終了となります。 昭和はいつまで続いたの? 昭和最後の年だった 昭和64年は、1月7日まで続きました。 1月7日に昭和天皇が崩御したため、昭和がそこで終了となりました。 改元は翌日に行われましたが、 現在の元号法による最初の元号で、閣議を経て決定となりました。 当時の内閣官房長官、小渕恵三氏によって発表されたのを覚えている方は未だ多くいるようですね。 実は、昭和元年も1週間しかなかったため、奇遇にも最初と最後の年は1週間のみとなっています。 ちなみに昭和元年は【1926年12月25日】より始まっています。 西暦1989年は日本が好景気に恵まれていた時期であり、 日経平均株価も2万円台を推移していた時代です。 その後バブルが弾け、不景気が到来することとなりますが、当時は活況が続いていました。 消費税が初めて導入されたのがこの年で、様々な商品やサービスに対して3パーセントの消費税が課税されるようになりました。 ニュースでは竹藪の中から1億円が見つかった事件などもあり、 平成元年は、慌ただしく過ぎていきました。 ある意味で、新しい日本のスタートにはふさわしい1年と言えますね。 その後、20世紀はバブル崩壊による不景気の到来や様々な世紀末に関する不安が叫ばれるようになります。 政局も大きく変わりましたが、様々なエンターテイメントやスポーツでは世界進出を行う人物やグループも増えていきます。 世界各国で活躍する日本人も増えていきましたね。 スポーツで言うと、• イチロー選手• 錦織圭選手• 大坂なおみ選手• 平野美宇選手• 本田圭佑選手 など、かつては身体能力などの麺もあり海外での活躍は難しいとされていた日本人が、世界各国のスポーツ界を揺るがせるほどの大活躍を見せてくれています。 他にも技術の進歩によってスマートフォンなどの携帯型端末が小型化したり、インターネットの普及により大容量の通信が可能になりました。 平成の31年は、 「これ以上技術の発展は難しい!」 と言われるほどに、日本が、そして世界中の技術が大きく進歩した31年というわけです。 【平成】の意味 平成というのは史記から来ているといわれており、 地平天成が語源といわれています。 これは• 国の内外でそれぞれ平和が達成される• 国民の平和や世界各国の共存を目指す などの意味合いをもっています。 また平成にすることによって、 これまでの元号の頭文字のアルファベットが被らないという点も、平成が選ばれた理由となります。 ちなみに、• 明治=M• 大正=T• 昭和=S• 平成=H ですね。 役所などで書類を記載する時に生年月日を記載する欄で、アルファベット表記によって元号を記載する部分があります。 そこで 他のどの元号とも被らないHの平成が選ばれたのも理由の一つと言えます。 平成最後の日は何年の何月何日? 平成最後の日は2019年4月30日となります。 新たな元号は、世間が混乱しないように、 改元一ヶ月前の4月1日にあらかじめ通達されることとなります。 新元号については政府など有識者の見解なども含めながら考案されているといわれています。 情報は機密情報となっているため、 全く外部へ漏れていない状態となっています。 よって4月1日にならなければ、誰も新しい元号は分からない状態となっています。 天皇陛下が退位して新たな天皇が即位することで新しい元号へと変わっていきますが、予想を立てている人も少なくありません。

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