グレート義太夫。 [タレント グレート義太夫さん]糖尿病(4)通院さぼり ついに人工透析 : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞)

ナイナイアンサーでグレート義太夫さんの糖尿病生活が放送されました

グレート義太夫

昭和のお笑い界で命を賭けていたグレート義太夫 グレート義太夫さんは1980年代から『オレたちひょうきん族』を始めとしたビートたけしさんのバラエティ番組で活躍し、ミュージシャンとしてもビートたけしさんの影のブレーンだと言われていました。 現在は週3日の人工透析で命をつなぎ止めていますが、舞台や落語、ギター漫談、ラジオ出演など精力的に芸能活動を続けています。 グレート義太夫さんについての詳しいプロフィールはこちら。 本名: 鈴木 正之(すずき まさゆき) ニックネーム: たけし軍団の弁慶 生年月日: 1958年12月26日 出身地: 東京都板橋区 血液型: B型 身長: 168cm 体重: 不明 最終学歴: 亜細亜大学中退 師匠: ビートたけし グループ名: たけし軍団 芸風: 音楽演奏、ギター漫談 事務所: オフィス北野 活動時期: 1982年 — 過去の代表番組: オレたちひょうきん族 他の活動: ミュージシャン、作家 配偶者: 独身(離婚歴あり) 引用:Wikipedia — グレート義太夫 グレート義太夫さんは1983年にビートたけしさんに弟子入りしてたけし軍団に加わると、体を張った芸でお茶の間の人気を獲得してきたお笑い芸人でした。 グレート義太夫さんはビートたけしさんの冠番組である『オレたちひょうきん族(フジテレビ系)』『足立区のたけし、世界の北野(フジテレビ系)』『痛快なりゆき番組 風雲! たけし城(TBS系)』などに出演して活躍していました。 しかし体を張りすぎる芸が災いしてグレート義太夫さんは30代の頃に糖尿病を発症してしまい、芸のための恰幅が良かった120キロの体型は67キロまで体重が減少してしまいました。 グレート義太夫さんの現在までの活躍や、糖尿病の闘病生活について生い立ちから詳しく総まとめしましたのでご紹介しましょう。 グレート義太夫さんは亜細亜大学に進学して音楽サークルでドラマーをしていましたが、それがきっかけでプロのミュージシャンを目指すようになったそうです。 そして、バンド「雷神」を結成してグレート義太夫さんはメジャーデビューを目指しました。 当時、ビートたけしさんがパーソナリティーを務めていたラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』のリスナーだったグレート義太夫さんは弟子入りを志願し、ドラムが得意であることを披露したところビートたけしさんのバックバンド「シークレット・ポリス」に加入することができました。 しかし、ドラムはすでに担当者がいたためグレート義太夫さんはパーカッションを務めました。 当時のたけし軍団は8人編成でしたが、10人編成に増やすことになりグレート義太夫さんは井手らっきょさんとともに正式にたけし軍団に加わりました。 とはいえ、グレート義太夫さんはその持ち前のユニークなキャラクターをビートたけしさんに買われており、たけし軍団に加入する以前から『オレたちひょうきん族』などに出演して人気を得ていました。 グレート義太夫さんの芸名の由来は、当時プロレス界に毒霧を吹くヒール役のレスラーだったザ・グレート・カブキという選手がおり、グレート義太夫さんが特徴的に似ていたことから、「歌舞伎」と「義太夫」を掛けてビートたけしさんにより命名されました。 オフィス北野のビルの前は、昔よく通ってた。 グレート義太夫が自転車で出社したところに居合わせて、サインもらったことがある。 また、1992年にはビートたけしさんが宮沢りえさんと共演したエースコック「スーパーカップ」のCMソングをグレート義太夫さんが作詞作曲したり、細川ふみえさんに『ポチにやつあたり』、中條かな子さんに『ことばさがして』、日高のり子さんに『十年後の私』を楽曲提供するなどしています。 この事件はフライデーの記者が当時ビートたけしさんと交際していた女性に突撃取材して無理やり聞き出そうと強く手を掴んで全治2週間の怪我を負わせたもので、ビートたけしさんはその記者に報復するためにフライデー編集部に乗り込んで暴力を振るいました。 グレート義太夫さんは現場で消化器を持って大暴れしたことから、その後「たけし軍団の弁慶」と呼ばれるようになりました。 ここではあまり言えないようなようなフライデー襲撃事件のエピソードをうまく盛り込んだ内容も見事だった。 — オカ ノブヒコ okanobuchan グレート義太夫は深刻な糖尿病を患っている グレート義太夫さんは2014年8月19日に放送された『解決!ナイナイアンサー(日本テレビ系)』に出演し、30代で糖尿病を発症してからの壮絶な闘病生活を明かしました。 現在、グレート義太夫さんは週に3回は人工透析を受けており、1日でも透析に行くのを忘れたりすれば死にも直結する深刻な状態になっています。 透析治療は11年に登っているようですが、現在も元気に活動をしているため忘れずに透析を続けているようです。 グレート義太夫さんは糖尿病を発症する前はたけし軍団としてバラエティ番組で体を張った芸で笑いを取っていましたが、30代で糖尿病に罹ってからは120キロあった体重が67キロまで落ちてしまいました。 グレート義太夫さんは専門医の元で糖尿病の治療をはじめ、一時は節制した生活により退院することができましたが、すぐに元の自堕落で不健康な生活に戻ってしまい、その結果として腎不全に陥り人工透析をしないと生きられない身体になってしまいました。 グレート義太夫さんは当時の自堕落な自分に対してとても後悔しているようです。 義太夫は、「何であの時にお医者さんの言うことを聞いていなかったんだろう、何でもうちょっと自分で管理しなかったのかなっていうのは、遅いですけど後悔ですよね」と糖尿病を患ってからの自身の自堕落について後悔を口にした。 引用: さらに、当時の糖尿病の治療法は遅れており、グレート義太夫さんは摂取カロリーの半分は炭水化物で摂るという治療法を実践していましたが、これが後に間違いだったことが分かり憤りを隠せなかったようです。 「僕が糖尿病だっていわれたのは35歳の頃です。 今から20年くらい前ですが、その頃にはこんな話聞いたことなかったですからね。 とにかくカロリーを抑えなさいって指導でした。 学会のガイドライン通り、一日のカロリーの半分くらいは炭水化物で摂って、あとはバランスよく腹八分目ということでした。 糖質制限のほうがいい結果になるなんて初めて知りましたよ」 引用: そして、グレート義太夫さんが糖尿病から腎不全まで発症してしまった背景にあるのは、体を張りすぎた芸にあったようです。 若い時は中ジョッキ一杯分のガムシロップやハチミツの一気飲み競争で笑いを取っていました。 糖尿病にもなりますよ。 引用: グレート義太夫さんが病室にいるとたけし軍団の面々はホールケーキを持ってきて意地悪をしていたようですが、透析を始めたらさすがに自粛していたようです。 グレート義太夫、現在の仕事は? グレート義太夫さんは先述のとおり、現在も舞台出演をしたり、ギター漫談、落語、ラジオ出演などを精力的に行っています。 グレート義太夫さんのオフィシャルブログを見ると、ラジオにゲスト出演したり「落語家のいない落語会」というイベントを開催したり闘病をしながらも芸能活動を続けています。 また、ビートたけしさんの独立をめぐってたけし軍団で頻繁に会合をしていたようですが、事務所を立て直していくための話し合いのようですね。 今後どのように展開していくかはしばらく見守る必要があるでしょう。 シロップやはちみつ一気飲みなど体を張りすぎた芸が祟り、30代で糖尿病になりその後腎不全を併発して現在までに人工透析生活を続けています。 それでもグレート義太夫さんはまったく勢いが衰えることなく現在も精力的に活動していることが分かりました。 グレート義太夫さんの姿は世の中の人工透析をしている人々を勇気づけているかもしれませんね。

次の

[タレント グレート義太夫さん]糖尿病(4)通院さぼり ついに人工透析 : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞)

グレート義太夫

糖尿病が治った!?と勘違いする原因は… 先日、お笑い芸人で2型糖尿病患者のを記事にしました。 義太夫さんはお父様が糖尿病患者で、自分も30代の若さで糖尿病になってしまいました。 よっしーと一緒です。 入院してインスリン注射の方法を習った義太夫さんは、物足りないカロリー制限食にうんざりしつつ治療をなさっていました。 義太夫さんは一時、血糖値が良好になったので、 それまでのカロリー制限にすっかり嫌気がさしていたこともあって通院をやめてしまったそうです。 しかし血糖値が良好に見えたのは、実は 治ったのではなく腎機能がかなり低下してしまったせいだったのです。 ほどなく、義太夫さんは人工透析を始めることになってしまいました。 現在も義太夫さんは1回に5時間かかる人工透析を週3回続けていらっしゃいます。 透析中はベッドに寝たままで何もできず、ただ 「早く終わってほしい…」と思うそうです。 辛いですよね💦 上の漫画は義太夫さんの体験を専業主婦の女性患者に置き換えて描いたものです。 40~50代で糖尿病の治療を中断している方はかなり多いそうですね。 糖尿病腎症は怖い糖尿病合併症のひとつですが、なぜ糖尿病腎症で血糖値が良好になるのでしょうか?今回はそんなお話です。 私も決して他人事とは思えないわ!遺伝、30代での発症… 糖尿病の3大合併症のひとつ「糖尿病腎症」とは? 糖尿病腎症は、糖尿病の3大合併症のひとつです。 高血糖が続くことで動脈硬化が進行するのですが、 毛細血管の塊である腎臓の糸球体でも細かい血管が詰まったり破れたりします。 最初は細かい粒子のアルブミンが尿に漏れ出すようになりますが、まだ腎臓の機能は低下しておらず、特に自覚症状はありません。 もっと悪化すると、 タンパク尿が出るようになり、次第に血圧が上がってきます。 むくみ・息切れなどの自覚症状が出るようになり、最終的には腎臓の機能がだめになってしまい、人工透析をしなければいけなくなります。 日本では毎年16000人(もっと多いと言う話もあります! が、糖尿病腎症が原因で新たに人工透析を始めているそうです。 これは諸外国と比較してもかなり多い数字だそうです💦 いったん人工透析になってしまうと、あとは健康な腎臓の移植を受ける以外に人工透析から逃れる方法はないようですね、残念ながら。 特に肥満歴のある糖尿病患者さんたちは早いうちから糖尿病腎症が進行しやすいそうですし、そうです。 糖尿病腎症が進行するとなぜ血糖値が下がるの? 糖尿病腎症になっても、初期のうちはアルブミンが尿中に漏れる程度です。 もっと進行すると、今度はタンパク尿が出るようになります。 そして、 さらに腎機能が低下してくると、経口血糖降下薬やインスリン(外から注射したものに限らず、自己分泌のインスリンも)がなかなか分解されなくなります。 したがって、かつて血糖値が高かったのに、特に何も努力していないのに 血糖値がすごく良好になったり、時には低血糖になる場合さえあるそうです。 薬を飲んでいないのにHbA1cが正常値になると 「糖尿病が治ったのかしら」と勘違いしてしまう人もいるかもしれませんね。 もっとも、きちんと通院している方は検査で腎機能の低下を指摘されると思いますけど💦 そうですよ。 糖尿病腎症が悪化して糖質を食べても血糖値が上がらなくなったのを 「糖尿病が良くなったのだ」と勘違いして放置すると大変なことになってしまいます! グレート義太夫さんは上記の状態である時倒れてしまい久しぶりに病院へ行ったら 「残念ですがもうあなたの腎臓はほとんど機能していません、人工透析を始めましょう」と言われたそうです… 糖尿病腎症を悪化させるものは何か? 糖尿病腎症を最も悪化させるのは、高血糖です。 高血糖になるような食事を改めることが何よりも大事です。 高血糖になる原因は何か、みなさんはよくご存知ですよね? 腎症があると 「タンパク質を制限しなければいけないのでは?」とよく言われます。 よっしーは1日あたり100~120gのタンパク質を摂取していますが、これはいわゆる筋肉を付けたいと思って筋トレに励んでいる方たちと同じ程度の摂取量だと思います。 男性では、もっと大量に摂取している方もいます。 この程度の量が腎臓に悪いとすれば、彼らも腎臓にとても悪いことをしているということになりますが、どうでしょうね。 筋肉もつけたいし、困っちゃいます。 どんなに筋トレだけ頑張っても、筋肉の材料が不足していれば絶対に筋肉モリモリにはなれませんよ? 日本では現在、糖尿病腎症であってもeGFRが60以上あればタンパク質制限はしなくても良いとされています。 ちなみにそうです。 腎臓内科医の塚本雅俊先生は「 」とおっしゃっています。 各自よくお読みになり、不安であれば主治医とよく相談なさってくださいね。 糖尿病腎症のある方の運動療法はここに注意! 糖尿病腎症があっても、まだ初期でアルブミン尿だけの段階で血糖コントロール良好なら普通に運動していいそうです。 でもタンパク尿が出るようになったら、運動の内容や強度に制限がかけられることになります。 からです。 よっしーはもともとフィットネスの仕事をしていたこともあり、運動は好きです。 しかし健康だった頃と同じレベルで高強度の筋トレや飛んだり跳ねたりする運動はもう行っていません💦 運動不足は糖尿病に良くありませんけど、すでに糖尿病合併症のある方がやたら運動することは危険を伴います、くれぐれもご注意ください。 血糖コントロールが良好になると「治ったのか?」と勘違いして勝手に薬や通院をやめてしまう方もいらっしゃいますが、とても危ないことです。 きちんと通院しましょう💦 そして、血圧が少しづつ上がってきていないか?最近だるくないか?など、体に現れるサインを見逃さないように気を付けましょうね。

次の

グレート義太夫さんの糖尿病体験に学ぶ

グレート義太夫

発症したら一生つき合っていかなければならない「生活習慣病」。 すぐに命に関わるようなことはないものの、進行すれば、いずれは取り返しのつかない事態を招くことも……。 もしになったら。 お金はどれくらいかかるのか。 「父親が糖尿病で、母ちゃんが専用の食事をずっと作っていたんですよ。 量も少ないし、味気ないもので、かわいそうだなって思って見ていたんです。 その父が、僕が35歳のときに、糖尿からくる腹部大動脈瘤破裂で亡くなって。 そしたら自分も翌年に、糖尿病になってしまいました」 たけし軍団のメンバー・(59)は、糖尿病とつき合って23年になる。 発覚のきっかけは、テレビのバラエティ番組だった。 「デブだけ集まって運動会をする『デブリンピック』という企画でした。 当時、僕の体重は公称100キロ。 ところが、番組であらためて測ったら、88キロしかなかったんです。 折しも同じころ、家で洋画を観ていたら、字幕が急に読めなくなったり、やたら喉が渇いてトイレが近くなったり、ということが起きました。 そのときには、糖尿病が進行していたんでしょうね」 そんなある日、義太夫は突然、自宅で倒れてしまう。 救急車で病院へ運ばれ、血液検査の後、医師の説明を受けた。 「すぐに入院をしなければいけないレベルの糖尿病でし た。 血糖値が630もあり、病院歴代2位の数値だったそうです。 『普通なら昏睡状態ですよ』とまで言われました」 即、入院し、看護師からインスリンを打たれた。 「3日めくらいからは、自分で打つようになりました。 看護師さんに『いつまで打つんですか?』と聞いたら『一生ですよ』と。 そこで、事の重大さに気づきました。 母ちゃんに糖尿病だと告げると、電話の向こうで泣いているわけですよ。 これは参ったな……と」 病院で3週間分の薬をもらい、インスリン注射を打つようになったが、調子がよくなったと勝手に判断し、通院をやめてしまう。 3、4カ月たって病院に行き、医師に怒られ、また病院に行かなくなる……。 そんなことを繰り返すうち、14年の月日が過ぎた。 「もうそのころは、シャワーを浴びているだけで、疲労感で立っていられないんですよ。 コンビニに行くにも、途中で休まないと歩けない。 顔にブツブツが出てきたりと、体からSOSは出ていました。 それなのにまだヘラヘラしててね。 あとでわかったんですが、尿毒症だったんです」 そして今度は、テレビ番組の収録中に倒れてしまった。 翌日、病院へ行くと……。 「腎機能の度合いを示す『クレアチニン』の値が、8を超えたら透析だといわれていたんですが、僕は11. 3もありました。 時すでに遅しです」 正式な病名は、糖尿性腎症からくる慢性腎不全。 1カ月間入院し、その後は週に3日、1回5時間を要する透析の日々が待っていた。 50歳になったときだった。 「最初は左腕にシャント(透析の際に使う、動脈と静脈を直接つなぎ合わせた血管)を作ったんですが、血栓が出来て、詰まって潰れてしまいました。 それで、いまは利き腕の右腕にシャントを作り、透析を受けています。 ベッドにつながれている5時間は、何もできません。 週に15時間ですから、ネタを考えたりする時間にあてています。 治療費は透析を含めて1回、2万5000円くらいです」 写真は義太夫の診療明細書。 1点10円の診療報酬点数を見れば、1カ月にどれだけかかっているか、一目瞭然だ。 1回2万5000円の透析を週に3回という生活は、病気を顧みなかった代償だった。 仕事を受ける日も限られ「事務所の不良債権」と笑う。 「糖尿病の本当の怖さは、痛みやつらさがないこと。 自己判断で通院をやめる人が、とても多いんです。 自分の努力で、合併症になる時間を先に延ばすことができるのに。 僕もちゃんとお医者さんの言うことを聞いていれば、透析を5年後、10年後に延ばせたかもしれない。 僕はダメ患者の見本。 もし診断されたら、ちゃんと薬を飲みましょうと、声を大にして言いたいです」 (週刊FLASH 2018年6月26日号)•

次の